『Kissから始まるミステリー』

ネオン光る夜の闇をかける影。

人を馬鹿にしてるのかとしか思えないそのフォルムを間近で見れば、はっきりいって己の仕事がイヤになる。

怪盗を追う、刑事という仕事がだ。しかし追うこともやめられないのも己の性だと元親は受け入れていた。

あの巫山戯た怪盗。

頭には白のシルクハット。ぴしりと着こなした白の燕尾服。そして、前髪の隙間から光るモノクル。

初めてこの怪盗の姿を目にしたとき、元親は思った。

こいつ、馬鹿だろう、と。

しかしである。

その馬鹿を捕まえることができずにいいようにおチョくられている警察の自分達は、では馬鹿以下ということか。

不本意だ。

自分たち警察は馬鹿ではないということを証明するには、この男を捕まえるのが肝要であった。

元親は一人で走っていた。他の刑事や警官たちとは反対方向に一人かけていることになる

が、それでも元親には確信があった。

あの男は馬鹿でキザだが、頭の回転はすこぶるいい。これまでだって、何度も出し抜かれているのだ。

偶には噛みついてやるぐらいのことはしなければやってられない。

壁に張り付いて息を殺す。かすかな足音と、地面にのびる影。

元親は内ポケットの拳銃に手を伸ばした。来た、と確信したときに、元親は飛び出した。

「これはこれは警部補どのじゃあありませんか」

わざわざこちらの階級を言うあたりが大変に嫌味なかんじである。

刑事を前にした泥棒とは思えないこの余裕がまた、元親の神経を音をたててさかなでしてくれる。

ぴたりと、男に拳銃をつきつけて、元親は巷を騒がす怪盗を睨み付けた。

「いけねえなあ、警報機がなってるってのに、それをほっぽりだしてこんな所にきてちゃあ」

「テメエにダメだしされる覚えはねえよ」

「そんなんだから盗られちまうのさ」

元親は唇を引き上げた。

「今日はまだ、テメエは何も盗ってねえだろう?」

「・・・」

「本物を燻り出すための下準備ってとこだろ?元々今日は何も盗る気はなかったんじゃねえのか?」

男は、静かに笑ったようだった。唇が蠱惑的な三日月を描く。元親を映す黒い瞳は楽しそうにきらりと光った。

「いや?おれは怪盗だぜ?何も盗らないわけがねえだろう?」

「あん?」

拳銃など見えぬかのように軽い足取りで、ふわりと距離を詰められ、元親は驚いた。

思わず何のリアクションも起こせぬほどに。出来たことと言えば、唇を開いて、目を丸くできたことぐらいだ。

ぱさりと、翻ったマントのなかに囚われて、ようやく声を出すことができた。

「テメっ何しやが・・・」

そう、マント!!何かが激しく間違っている。

モノクルの奥の瞳が笑う。引き込まれる黒だ。ふと、何かが脳裏でちかりと光った。

けれど、それが何であるかを元親がたぐりよせるまえに。

「!!」

唇に触れている柔らかな感触と温度に、思考が、止まった。

そんな元親をからかうように、男の唇は元親の唇を甘やかにはんで、離れていく。

思考が再起動するまでに要した時間は2秒。

かっと耳まで真っ赤にさせて、元親は眉を跳ね上げた。

「テメっ!!!」

しかし、人の唇をまんまとかすめ盗っていった男は、その二秒の間に、元親から離れていた。

「思ったよりSweetな獲物だったぜ?警部補サン」

元親は思わず唇を手のひらで押さえた。しめっぽい感触に、意識が乱される。

そして、男は。気がつけば、その姿を見事にくらましていたのだ。








=あとがき=
Mの字さんとの会話から生まれ、四国旅行中に投下されたネタ歌タイトルによって悪のりした無料配布その2。
全力でふざけているが(真顔)
そりゃ恥だと思うよ。白いタキシードにシルクハット、マント装備なんてしてる輩に出し抜かれるっていうのはさ。
警察をおちょくることに命かけてそうなこの怪盗筆頭はもう怖いモノなんてない気がするな(でなきゃあの格好はできねえだろう)