「元親」
はっと気がつけば、すぐ後ろに黒づくめの男がひっそりと立っていた。
黒い皮のロングコート、黒のブーツ。夜だというのに黒のサングラスをしている。
私と同じように振り返った彼の人は静かな微笑を浮かべてその男の名を呼んだ。
「政宗」
政宗と呼ばれた男はサングラスを外して、私の方を面白そうな目で見た。
その瞳は紅玉。
近づけられた顔は怖ろしいほどに整っており、また真白い肌をしていた。
理由の分からぬ恐怖で肌がぞわりと騒いだ。
男は楽しそうに唇を引き上げて笑みを刻む。
「こんな美人と酒とは妬けるじゃねえか。今夜の相手はアンタにお願いしたいところだったぜ」
何のことかわからなかったが、隣に座る彼は苦笑して、政宗、ともう一度男の名を呼んだ。
男は元親と呼んだ彼のほうへと向きなおって、肩をすくめてみせた。
「Jokeだよ、Joke!んな可愛い顔して睨むなよ」
そう喉の奥で笑い、彼の体に覆い被さるようにして、その首筋に顔を埋める。
「おれにとっちゃあ、アンタの血がどんな女のものよりも極上の一滴だぜ」
 彼は静かに微笑した。
「お前が望むなら、好きなだけやるよ」
くつりと笑う声がする。
「いらねえよ。美酒は飲まずにとっておくから価値が上がるんだ。おれが欲しいのはアンタの血じゃなくて、アンタそのもので、アンタの隣にこの体が在ることだ」
 彼は答えなかった。けれど、嬉しそうに眇められる目があった。
己の体の芯が冷えている気がした。
男が顔を上げたことに促されるように、彼は私の隣の椅子から立ち上がった。
体が凍ったかのように目を見開いて見つめるしかできぬ私を見て、彼は、昔話を聞いてくれてありがとうと言った。
男の手が彼の腰に回され、扉に向かおうとするのを気がつけば呼び止めていた。
「あれは本当の話なの?」
 二人は足を止めた。
 振り返った彼は小さく唇で笑って答えなかった。
 その微笑が答えだった。


 

 

 

 

 





立ち並ぶビルの裏側。
ネオンの光も僅かにしか入ってこないそこで貪るようにキスを交わして。
「・・・殺してねえぜ?」
「そっか・・・」
「キスもしてねえ」
「ん・・・」
「この髪も唇も、アンタだけのもんだ」
「おれも、おれの髪も唇も血も心臓も何もかも、お前だけ」



『この身の全ては貴方のもの』