元親と昼食を取るようになってしばらくたつ。
その間、政宗は幸せであった。
片思いでも何でも、爺さん婆さんみたいな早起き生活であっても、幸せであったのだが。
「告白しないわけ?」
佐助の唐突な言葉に、政宗はほうきを動かす手を思わず止めた。
外回りの掃除は範囲がそこそこ広いため、今政宗のそばには佐助しかいない。
ほうきの柄に顎をのせて、佐助はもう一度続けた。
口元には小さく笑みを浮かべている。
「だーかーらー、愛しのモトチカ先輩に告白しないの?」
「なっっ?!い、い、愛しのとかいうんじゃねえ!!!」
あまりの言葉に数秒ぽかんとしてから、政宗の顔は瞬間的に赤くなった。
いくらポーカーフェイスが得意といえども、不意打ちもいいところである。
佐助から顔を背けるようにして政宗は俯いた。
「え〜、好きなんじゃないの?」
「・・・・・・・いや、好きだけどよ」
「だったらさっさと告っちゃえば?」
「さっさとってお前な」
そんなに簡単にすめば、恋煩いなんて病はこの世にはなくなるわけで。
思わず顔を上げれば、じっと視線をよこされ、何故か政宗はたじろいだ。
「最近ずっと昼一緒に食べてるじゃない」
「・・・」
「毎日お弁当作ってんでしょ〜?」
「・・・まあ」
「部屋のあみぐるみも順調に増えてんじゃないの〜?」
「・・・うっせ」
「何、そのへんのこと言ってないわけ?」
言えるわけがない。
男らしくあれ、と常々母に言われてきた政宗にとっては、己の趣味嗜好が「男らしく」ないことを重々に承知していた。
好きになった人には、自分のことを好きになって欲しいと思うし、格好悪いなんて思われたくない。
男で、かわいいモノが好きな乙女的趣味だなんて、格好悪いと思われるに決まっている。
何故なら、母がそれは男子としてあるべき姿ではないと、はっきりと断じたからだ。
料理をするとは聞くことがあっても、ぬいぐるみが好きで、かつ少女漫画を読み、
生クリームのたっぷりのったケーキが好き、という同性に出会ったこともない。
あのひまわりのような笑顔が歪められるところなんて見たくない。
「まあ、何にこだわってんのか、分からなくもないけどねえ。
でもそれって、モトチカ先輩を騙してるってことにならない?」
あんまりな言い方に、思わず政宗は佐助をにらんだ。
そんな怖い顔しなさんな、と佐助は笑う。
「騙してるってのはちょっと言い過ぎたけどさ。
やっぱり、好きな人には、本当の自分ごと好きになって欲しいもんじゃない?
乙女趣味でも、ケーキ好きでも、暗いところとかお化けが怖くてもサ!」
そう言ってパチンと佐助はウインクを寄越してくれた。

***

掃除用具を片づけて思わずため息が零れた。
「告白、か・・・」
ふうと息を吐くその少しうつむき加減の横顔に、
教室に残っていた女子全員が内心で悲鳴を上げていることなど当たり前だが気づかずに、政宗は鞄をとって廊下へでた。
佐助の言葉はもっともで、当たり前のことだ。
好きな人には、本当の自分を好きになって欲しい。
外での自分は、鉄壁に作られた『政宗』なのだ。
騙している、という言葉には、正直胸にぐさりときた。
元親に対して、偽っているのは確かなのだ。
偽った自分に、元親はあの素敵な笑顔を向けてくれている。
元親に対しての罪悪感と、寂しさとがないまぜになって、どうしていいか分からなくなる。
本当は、ありのままの自分を見て欲しい。
けれど、受け入れてもらえなかったらと思うと、体が居竦む。
これまでどんな強敵とまみえた時にも感じなかった恐怖が体を包む。
道場へいくために靴箱をあけると、靴の上に二つ折りにされた紙がのせてあった。
何だ?と思って手にとって見ると。


『ちょっと話があるから、8時に別棟に来てくれよ。   元親』


部活を終えて、着替えたあと、政宗は別棟にいた。
わざわざ手紙で呼び出しての話とはいったい何なんだろうと、期待半分、不安半分で部活の間気がそぞろであった。
正直いってしまえば、夜の、しかも人気のない別棟という場所指定に、一瞬足が止まってしまった。
そのときふと頭によぎった会話。


別棟ってマジで幽霊とか出るらしいよ。


戯れにクラスの女子達が騒いでいた台詞を何故かこの時思い出してしまい、政宗は思わず顔をしかめた。
しかし、元親がくるというのであれば逃げ帰るわけにもいかない。
ごくりとつばを飲んで、先輩が待ってる先輩が待ってる!と内心で気合いを入れて校舎に踏み込んだ政宗である。
幸い、元親はすでにいた。
少しばかりほっとして、政宗は先輩と声をかけた。
「お、政宗!!」
そして二人で顔を見合わせて。
「で、話って何なんだ?」
「話って何すか?」
一瞬の沈黙ののち、同時に首を傾げる。
「いや、おれはお前が話があるっていうからここに来たんだけどよお」
元親は首をひねりながら、ポケットから紙をさしだして見せた。
見覚えのある紙に、政宗も眉をよせた。
同じく、己もポケットから紙を差し出す。
二人して並べられたその紙を見比べれば、名前が違うだけで、中身もノートをやぶったような紙の具合も全く同じだった。
「たちの悪いいたずらみたいっすね」
ため息を吐いて、政宗はその紙を少々乱暴にポケットになおした。
「とりあえず、ここから出た方がいいっすよ」
「そだな」
こくりと頷いて、元親も息を吐きながら、面倒くさそうに鞄を手に取った。
政宗はその姿を横目で見ながら、どこか息苦しくなるのを感じていた。
いたずらと分かって、安堵したのか、落胆したのか、己が分からなくなる。
ただ、もしいたずらではなかったら・・・。
話したいことがあるのは嘘ではない。
そこでふと気が付いた。
「先輩」
「ん〜?」
「先輩は、どうしてここに来たんすか?」
政宗の質問の意図がわからないのだろう、元親はきょとんとした。
足をとめて向き直った政宗は、元親の顔を見た。
「どうしてって、お前からの呼び出しだとばかり思ってたからよ」
「8時まで何してたんすか。先輩、部活入ってないじゃないすか」
そうなのだ。
よくよく考えれば、用があるなら、昼に一言言えばいいのであって、わざわざ手紙にする必要はない。
言い出せなかったとしても、部活に入っていない元親が8時なんていう遅い時間を指定する意味などないではないか。
そして、それは政宗を待っていた元親にも言えることで。
別棟は普段は倉庫代わりに使われているようなものなので、明かりもあってないような設備しかない。
ぼんやりとした頼りない明かりの下で浮かび上がる元親の顔を、政宗はまっすぐに見つめた。
「何で、帰らなかったんすか・・・?」
元親は目を丸くして口をぽかんと開けた。
「帰るって・・・、おれが?お前が待ってるってのを知っててか?」
「ええ」
「何で?」
政宗の鼓動が速くなっていく。
元親は本当に不思議そうな顔をした。
「いや、いたずらだって分かってたんなら、とっとと帰るけどよお。
おれは、お前が待ってるって思ってたから」
「・・・おれが、待ってるって、思ったからっすか?」
元親は柔らかく笑った。
「おおよ。すっぽかすわけねえだろ?」
何でもないことのように、まるで当たり前のことのようにそう言う、その笑顔に。
政宗は顔を伏せた。
口元を手で押さえる。
触れた手のひらが熱かった。
心臓がどくどくと脈打ってどうしようかと思った。
『政宗』だから待っていたのだと。
都合のいい解釈かもしれないが、そう聞こえた。
別棟に入るときに感じた不安なんてどこかへ飛んでいってしまって。
嬉しいと。
嬉しくて、舞い上がってしまいそうだった。
いや、もう舞い上がってるのかもしれない、と政宗は冷静に考えようとした。
元親の言葉に、返す言葉を見つけられないのがその証拠。
ああ、やっぱりこの人のことが好きだと思う。
「先輩」
「ん〜?」
政宗は顔を上げた。
先ほどとは違う意味で、心臓がはしりだす。
それは緊張からだ。
「おれ、実は・・・」
話してしまおうと思った。
本当の自分を。
けれど。
突然ぶつりと明かりが消え、突然のことに政宗は内心で悲鳴を上げた。
「!!!」
「あ〜、停電かあ?」
「そ、そ、そうみたいっすね」
声がうわずるのは何とか押さえた政宗だったが、不自然につまるのまではどうしようもできなかった。
「びっくりすんじゃねえかよ。なあ、政宗?」
「そ、そうっすね!」
実はちょっと涙目になりかけていたりするのだが、明かりは外から漏れはいってくるグラウンドのライトぐらいである。
元親にばれる心配だけはしなくていいのがせめてもの救いだった。
心臓がとびだしそうになるくらいびっくりした、なんてことは声に出ないように気をつけながら、政宗は努めて冷静を装って答えた。
「まあ、とっとと出ちまおうぜ」
もっともだとうなずき歩き出すが、すぐに後ろでガタリと何かがぶつかる音と、いてっという元親の声がして、政宗は足を止めた。
「どっかぶつけたんですか?」
「ああ。こういうときはデケエ図体も考えもんだぜ」
ばつの悪そうな声色に、思わず頬が緩む。
体半分で振り返って、声を頼りに、自然と手を伸ばしていた。
探り出した元親の手をとって、軽くつなぐ。
「おれの後ついてきて下さい。結構目が慣れるのは速いんす」
しかし、その手はすぐに離されてしまって。
おれは今何をしたんだ?!と思わず我に返り、己のしたことに政宗は瞬間身も心も凍りそうになった。
けれど、ふと、横を通り過ぎる気配と、掴まれた手の温度に。
息が、止まった。
小さく笑む気配がした。
「おれの方がでかいから、道を開拓するにはでかい図体のほうがいいだろ?」
軽くつないだ手を引かれて、歩き出す。
「何、ちょっとの辛抱だ。おれも夜目は結構利くんだぜ?」
だから、大丈夫だぜ、と続けられた声に。
政宗は今更ながら、己の手が、小刻みに触れていたことに気が付いた。
元親の後ろを、手をつないで歩きながら、政宗は軽く目を伏せた。
気を遣わせてしまったし、この分だと、暗いところが苦手なことも、バレてしまったにちがいない。
なのに、どうして今自分は、満たされているのだろうか。
気を遣わせたことに、悪いと感じるよりも、嬉しいと感じるのはどうしてか。
つないだ手のひらに、少しだけ、ほんの少しだけ、力を込めてみた。
振り払われることもなく、政宗がしたように元親は手を握りかえしてくれた。
「ここって古いみたいだし、きっと電球の寿命だったんだよ」
「・・・そうですね」
のんびりとした声に、心が慰められて、玄関にそろそろさしかかろうかというときに。
いきなりついた明かりに、思わず目をすがめた。
ちょうど扉のところで一列に並んでいるシルエット。
「うわ、手なんかつないでもらっちゃってるよ」
冷やかすような声に、政宗の目の色がすっと冷ややかなモノになる。
「テメエら」
いつぞやの、元親に絡んでいた男どもだった。
「暗闇とお化けが怖いってのはマジだったらしいなあ?」
その言葉に、政宗のこめかみがぴくりと反応した。
「あんたと猿飛が話してるの聞いちゃった」
「この間は恥かかせてくれちゃったけど、今回は楽勝かな?
準備も万端だし〜」
「じゃああの手紙はテメエらがっ・・・」
思わず前へ出ようとした元親を片腕で押さえて、政宗は一歩、前へ出た。
にやにやと笑う男どもに対して、政宗の方はさきほどまでのとまどいやらが嘘のように、静かな表情だった。
「しっかし、まさかあの強くてクールで通ってる伊達政宗くんが、本当は男らしさの欠片もねえ気色悪い趣味の野郎だったとはねえ」
政宗は唇をかすかに歪めた。
妙に心は落ち着いていた。
腹がすわったともいうかもしれない。
政宗は堂々と顔を上げて、その唇を開いた。
「ああそうさ。おれは、本当は男らしくなんてねえよ」
暗いところは嫌いだし、お化けも怖い。
「ケーキが好きだし、かわいい物が好きだぜ?」
けれど、それが本当の自分なのだ。
乙女趣味だろうが何だろうが、それが『伊達政宗』なのだ。
「今までずっと、本当の自分を隠してきたんだよ」
慌てる気配もない政宗にじれたのか、男どもは声を上げて殴りかかってきた。
二人は政宗の元にむかってきたが、もう一人は二人の相手をする政宗の横をすりぬけて、後ろの元親へと殴りかかっていった。
横目で追いながら、政宗は目を見開いた。
二人を床に沈めるが、間に合わないだろう。
「先輩っ!!」
せっぱ詰まった声が喉から飛び出たが。
政宗は瞬いた。
元親がにいと唇引き上げて笑ったのが見えた。
二人を叩きのめした政宗が体で向き直ったのと同時に。
見事に振り上げられた足が、男を気持ちよく吹っ飛ばすのが見えた。
一撃でノックアウトである。
思わずぽかんとしてしまった政宗だった。
足をおろして、元親はこきりと首を鳴らした。
「いやあ、おれって昔っから格闘技とかが好きでよう。
ちっちゃい頃から、格闘技と名の付く物には片っ端から手えだしててさあ」
何故か楽しそうだ。
「いいかあ?テメエらに一つ教えといてやる。
そういうのはなあ個性っつうんだよ。
可愛いものが好きで悪いのか?
暗がりが怖くておかしいか?
普通のことだろうが。
電気が消えたとき、本当は怖いだろうに、こいつはおれのことを心配してくれたぜ?」
政宗は何故だかちょいとばかり照れくさくなってしまった。
元親は手首をならしながら続ける。
「いっかあ?大事なことは他にちゃんとあるだろうが。
要は誠意ってもんよ。
テメエらにやそんなこともわかんねえのか?」
ま、こんなちんけな報復でくるようなやつらにゃわかんねえのかもしれねえがなあと、
口の端で笑いながら、元親は人差し指で残る男どもを挑発した。
「てめえっ」
政宗が手をだす隙もなく、元親のパンチに沈む男。
「おれは別によ、喧嘩が好きってわけじゃあねえのよ。
自分の腕を試すのが好きなのであってだなあ・・・」
でもまあ、結果は一緒かもしんねえがな?と笑う顔は、男どもにとってはそれはそれは恐ろしいものであったらしい。
数で大いに勝っていたはずのヤツラは、元親一人に綺麗に床に沈められてしまった。
政宗はというと、その見事な腕前に、ただ見ていることしかできなかった。
最後の一人を床に倒して、元親は髪をかき上げる。
「お前は、なんつうか、可愛いよ」
己に向けられた言葉に、政宗はどきりとした。
顔だけで振り返って、ふっと笑う元親の笑顔の格好いいことといったらなかった。
「優しいし、一生懸命だし、一丁前にかっこつけてくれるし、料理はマジで旨いし」
その笑顔に、いつだって引き込まれる。
「お前のそういうところ、好きだぜ、おれは」
心の奥で、かちりと小さな音がした。
政宗は、元親のもとへと一歩足を踏み出した。
唇に艶やかな微笑を刻んで。
「Thanks, my dear.」
その深みを増した声に、元親は瞬きしたが、政宗はかまわず続けた。
「おれは今まで、本当の自分を隠してきたんだ。
でも、先輩と出会って、化けの皮がはがれていって、ようやく気づけた。
好きな人の前じゃあ、嘘なんて、つけねえよ」
突然の政宗の饒舌っぷりと流し目に、ぽかんとしていた元親の手をとって。
己の手を握ってくれていたその甲へ、唇を落とした。
「好きです」
「?!」
ちゅと軽い音をさせて顔を上げて。
「おれは、あなたが好きです、先輩」


いつも恋の花が咲くのは突然のこと





=あとがき=
第一話完でございますV
お前らその前に男同士じゃん?!(某高校生魔王様の名ツッコミ)なんていう基本的なツッコミは不可です(超笑顔)
そういう基本的な葛藤は全力でスルーですからこのシリーズは!!(威張るところではない)
・・・ええもう高らかに声を上げて笑ってくださいっっっ!!!!(脱兎)
我ながらお前何なんだとパソコンうちながら身悶えてました(色んな意味で恥ずかしいっっ)
もう空気がキラキラ音をたてるほどに乙女、いや乙男ですよ筆頭。
・・・色々痒くてたまんないっっ!!うがあっっっっ!!!(書いたのお前だってだから)
兄貴は暗がりもお化けもどんとこいです。
筆頭は口から心臓とびでる感じです。
兄貴の腰にしがみつけばいいさ。
兄貴によしよし大丈夫だぜ〜とばかりに頭ぽんぽんされてしまえばいいさ。
そんな乙男筆頭でもタラシ★
次ぎは兄貴の恋の花編です。