髪の毛が伸びてきたかと、前髪を気にしていると、元親がそれに気づいたらしい。
「ちょい伸びたか?」
「そうっすね」
そろそろ切りにいくかと何とはなしに考えていたところへ投げ込まれた一言。
「おれが切ってやろっか?」
思わず前髪をつまんでいた手をそのままに、まじまじと元親を見つめてしまった政宗であった。
その日の帰り、元親の家へと寄った政宗は、洗面所に急遽おかれた椅子のうえに大人しく座っていた。
こう見えてもおれ結構うまいんだぜ?と元親は笑った。
聞けば、己の髪も自分でカットしているらしい。
なるほど、それはすごいと政宗は感心し、なら任せても大丈夫かと思い素直に家によばれたのである。
まあ、腕が多少不安だとしても、せっかくの元親の言葉をむげにすることは、政宗にはできなかったであろうが。
後ろの髪とかはどうする、と聞かれ、適当にしてくださいと、何ともやりにくい返事を返したが、
元親は軽く頷いて、じゃあ適当にさせてもらうわと、右手でハサミを一度しゅるりとまわした。
しゃきしゃきと軽快なリズムで元親はハサミを操っている。
右手でクシとハサミを一度に持って、見事に使い分けているのだから、
不器用だって言っていたが、案外器用だと、鏡を見ながら政宗は感心していた。
「お前の髪ってホントまっすぐだな」
「そっすか?」
「ああ。手触りいいし、綺麗な髪だと思うぜ?」
機嫌よさそうにそう言われて、政宗は居心地悪そうに目を伏せた。
何せ目の前に洗面台の鏡があるので、下手すれば鏡越しに元親と目があってしまうのだ。
けれど、何であれ元親に誉められて悪い気はしない。
かすかに赤くなった顔をなんとかしたかったが、顔を取り繕うのが得意な政宗でも、何故か元親の前だとその腕が鈍る。
たぶんそれは、自分が元親には取り繕って偽った自分をあまり見せたくないと、そう思えているからなのだろう。
髪を切る軽い音と、頭を撫でるように触れてくる手に、いつしか政宗の意識はほどよくまどろんできた。
元親は鼻歌を歌っている。
元親の家にお邪魔させてもらっているのに、居眠りをするだなんて失礼だろうと、そう思いながらも、ひどく気が緩んだ。
元親の家。
たったそれだけの事実で、こんなにも落ち着くのだから、人間という生き物は面白い。
結局、抗いきれずに、政宗は瞼を閉じた。
うつらうつらと波のように意識は漂って。
どれくらいそうしていただろうか。
遠くで、よし完璧!と、そう満足した声が聞こえて。
頬に、柔らかい唇の感触。
それが何なのかを認識するために、政宗の意識は一気に覚醒した。
「お、起きたか?」
瞬きすれば、にっこり笑顔の元親がいて。
後ろ頭にがしりと乗せられた手のひらの重みに、一瞬嫌な予感がしてとまどった。
ぐいと容赦なく頭をおされ、洗面台のなかへと顔を入れられる。
「はい、目えつむっとけよ〜」
そして。
頭から容赦なく降り注いだぬるま湯に、慌てて政宗は目を固く閉じた。
ふわりと漂うのは、シャンプーの香り。
元親の指ががしがしと髪を洗う。
乱暴な風なのに、何故か気持ちがいい。
「流すぞ〜」
顔を伝う水の感触は、あまり気持ちのいいものではなかったが、政宗は大人しくしていた。
トリートメントの香りに、ああ、これは元親の髪の匂いと同じだと気づいて、政宗の鼓動は少しばかり早くなった。
非常に、非常に、照れくさかった。
「はいオッケ」
頭にタオルが乗せられたかとおもったら、容赦なく顔にもタオルを当てられて、政宗は思わず変な声をもらした。
顔上げていいぜとお許しをいただき、顔のタオルに手をやれば、濡れた元親の指にふれて、思わず政宗はその指を握りしめていた。
右手で元親の指をにぎり、左手で顔のタオルを持って顔を上げれば、元親は面白そうに笑っていた。
「何だよ?」
「・・・何でもないっす」
そっか?と小首を傾げる顔は笑っていて、政宗も思わず笑った。
指をつかむだなんて、まるで子供のようだと自分でも思ったのだ。
濡れた指が頭のタオルにそえられ、そのまま子供のように、髪をふかれた。
頭が左右に揺れるその様をみて、元親はまた笑った。
それからきっちりドライヤーでブローまでしてもらい。
仕上がったそれを見て、政宗はもう一度感心した。
「上手いっすね、先輩」
「だろ?お前はちょっと後ろ髪が長いほうが格好いいからな、あんまり長さは切らなかったんだ」
元親は座っている政宗の背丈に合わせるように膝を屈めて、政宗の肩口から顔を出した。
一緒に鏡を見る。
唇を引き上げたその顔で、一度大きく頷いた。
「うし、我ながら完璧。イイ男だ」
きっとその言葉には何の含みもないのだろうけれど。
恋人から格好いいだの、いい男だの言われて、浮かれない男はいない。
この人は、どうしてこうも簡単に、人を舞い上がらせてくれるのだろう。
政宗は体をひねって、元親の頬に手を伸ばした。
そして、その頬に、ちゅっと音をたてて唇を寄せる。
元親の顔にあった余裕の笑顔はすぐさまどこかへ消え失せて、目をまるまると見開いて固まった。
そして勢いよく膝を伸ばして、政宗が口づけた頬を隠すように手で押さえ口をぱくぱくとさせる。
「な、な、な・・・」
顔がものすごい勢いで下から真っ赤に染まっていく様を政宗は首を傾いで見ていた。
さっき自分がしてもらったのと同じことを返しただけなのだが。
「な、何でっ!!」
「さっきおれにしませんでした?元親先輩」
「お前、寝てたんじゃねえのか?!」
「いや、寝てましたけど。唇の感触で目が覚めました」
「!!」
どうやら元親は、政宗が眠っているから、頬にキスなんぞという可愛いことをしてくれたらしい。
慌てる様が可愛らしくて、思わず政宗は頬を緩めて笑った。
立ち上がって、元親の肩を掴んで引き寄せ、顎をつかんで、元親が覆っているのとは反対の頬にもう一度、音をたてて口づける。
「ぎゃー!!」
「ぎゃーはねえんじゃないの、ぎゃーは。まあ、照れてる先輩も可愛らしいっすけど?」
「耳元でしゃべんな!!」
「どうして?」
「寒気が走んだよ!!」
その言い方に、政宗は眉をさげて元親の体を離した。
「寒気っすか」
その表情にさすがに言い過ぎたと思ったのか、元親は慌てて両手を振った。
「いや、その嫌だっていうわけじゃなくて、あれだよ」
「何すか?」
目を伏せて視線をやれば、元親はぐっと言葉につまった。
手を伸ばして、政宗は先ほどの己が唇を寄せていた元親の左耳を指でたどる。
元親はかすかに体を震わせて、顔を伏せた。
耳は赤く、たどった指の先が熱かった。
「元親先輩?」
ぼそりとつぶやく声を聞き取ろうと、伏せた顔を覗き込めば。
「ぞくりとすんだから、耳元でしゃべんな!」
睨むように寄越された目は、全く怖くなどなくて。
「・・・善処します」
宥めるように唇に唇を寄せれば、元親は諦めたように肩から力を抜いて、目を閉じた。





=あとがき=

オちてない・・・!!(ど〜ん!!)
そんなわけで、ラブベリ兄貴の将来は美容師さんに決定!!
人なつっこいトークも上手く、気遣いもバッチリだから、すぐに名物美容師さんになるよ!!(リピーター集客力大)
夢は自分のお店を持つこと。
そのうち筆頭に、おれが切ってやるから他のヤツには頭触らせんなよ、とか言いいます。
筆頭は見事なつやつやの黒髪で、かつ変な癖のないストレートなので、きっとその業界の人にはモテモテだと思います。
筆頭的には、常々、元親が働いているお店に行きたいと思っているのですが、断固兄貴は来るなと釘をさしてます。