「お前本当にすげえよなあ」
政宗作自作の弁当を、息をつきながら眺めて、元親はいただきますと手を合わせた。
弁当持参で、元親と屋上で昼休みをすごすようになって数日がたつ。
朝練もあるので、政宗の起床時間はかなり早まっていたが、それでも政宗は幸せだった。
そりゃ確かに急がしいのだけれども。
元親はささみチーズ揚げをいそいそと口に放り込んで、そして頬を緩ませる。
「これうめえな!」
「・・・ありがとうございます」
政宗は己の弁当には手をつけずに口元を手で覆い隠した。
おかずを一口食べては旨いと、律儀に感想を口にして誉めてくれるのだからたまらない。
この無邪気な笑顔をみるためならば、少しの早起きが何だというのか!!
「お前、手先が器用なんだなあ」
「そうっすか?」
「ああ!このピヨちゃんなんか細かいよなあ仕事が」
うずらのゆで卵をひよこ風に加工したそれを箸でつまんで、元親はしげしげと眺めた。
「・・・暇があまったもので」
そして政宗の弁当は見目がよかった。
よかったのだが、たまに思わず本来の感性が表にでて、うずら卵のぴよちゃん、などといった非常に可愛らしいものが混じっていたりした。
それを時間があったためと苦しい言い訳をつけて、政宗ももぞもぞと弁当に箸を付け始める。
元親はよく食べるうえ、しかもそのスピードが結構速い。
別にがつがつとがっついているのではなく、一口あたりに口に入れる量が多いのだ。
弁当を食べ終わって、ペットボトルのお茶をあおっている元親に、政宗は鞄の中から紙袋を取りだしてさしだした。
「ん?」
「先輩、甘いものって大丈夫っすか?」
ペットボトルを下に下ろして、元親は首をたてにふった。
「じゃあ、これおやつにどうぞ」
元親が受け取った紙袋をあければ、そこに入っていたのはマフインが二つ。
元親は口をぽかんとあけて、そのマフインを目の高さに持ち上げた。
「おっまえ、こんなんまで作れんの?!ふわ〜すっげえなあ」
「それほど甘くはないんで、小腹が空いたら」
元親はいそいそとマフィンを紙袋にしまって笑った。
「あんがとな」
政宗も笑った。
ちょっとやりすぎたかと思ったが、喜んでもらえてよかった。
そう、いそいそとおやつまで作ってしまったのは、元親の喜ぶ顔が見たいため。
もっと喜んでもらいたい。
朝がいくら早くても、政宗にとっては楽しい時間だった。
そして、さあ、今日こそは言うぞと、政宗は本日朝からの課題を果たすために、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あの、先輩」
「んー?」
首をかしげるその姿にちょっぴりどきっとしながら、政宗は一気に言った。
「元親先輩って、よんでもいいすか?」
顔をかすかに赤くして、政宗は言った。
ようやく言うことができた。
元親は、目を丸くして、じっと政宗を見返していた。
その反応に、ああいきなりの名前呼びはやっぱり早すぎたか、普通は名字呼びからだよなと内心でうろたえていたら。
元親は顔をほころばせた。
「おれの名前、知ってんじゃん」
「え?」
元親の言葉に、政宗のほうが目をぱちくりとさせた。
「おれはお前の名前知ってたから、てっきりお前も知ってると思ってたんだけど、
よくかんがえたら、おれが知ってるのはアイツラが懇切丁寧にお前の素性を語ってくれたってのと、お前が有名人だからだしなあ」
「・・・」
そういえばわざわざ自己紹介とかはしていないということに気づいて、政宗の頬は一気に赤くなった。
「お前、おれの名前よばねえからよお、てっきり知らねえもんだと」
「転校生は珍しいっていうんで、先輩のことは結構有名ですよ」
「そうなのか?」
「ええ」
有名なのはもっと別の理由からだったが、政宗は何故自分が元親の名前を知っているのかということをそれでごまかした。
「嫌じゃなかったか?」
「え?」
思ってもみなかった質問だった。
元親は人差し指で頬をかきながら、へにゃりと眉を下げた。
「いや、名前の呼び捨てで呼んでるからさ、なれなれしすぎたんじゃねえかって。おれはダチは名前で呼ぶ主義だからよ」
ダチという言葉が、何故か胸に痛く聞こえて、政宗はかすかに目を伏せた。
いや、むしろ友達と思ってもらってるだけ、いいじゃないかと言い聞かせる。
そう、何事もおともだちから始めなければ!!
ああ、でもその胸の痛みが、自分はこの人のことが好きなんだなあと教えてくれた。
政宗は口元で笑んでみせた。
「全然嫌じゃないっす」
元親はほっとしたように息を吐いた。
「そっか。よかった」
だからよ、と元親は続けた。
「おれのことも、名前で呼んでくれよな?」
「・・・うす、元親先輩」