「政宗!」
購買の前で昼食のパンを物色しようとしていたところへ名を呼ばれて、政宗は心臓が跳ね上がるのを感じた。
この声は!
振り返ればすぐそこに。
「先輩」
「よう!」
今日も素敵な笑顔の元親がいた。
「お前も昼はパンなのか?」
「ええ」
言葉を交わしているという事実に心臓がまったく落ち着かないが、政宗の顔はクールそのものだ。
本当は頬染め全開で目をそらしちゃいたいぐらいの動揺なのだが、政宗のポーカーフェイスは年期が入っている。
「よし!この間の礼だ!ここはおれがおごってやるよ!!」
「え?」
何がいい?と問われて、政宗は戸惑った。
そんな元親におごってもらうだなんて!!
「いいっすよ、別に」
「遠慮すんなよ」
「いえ、本当に」
お気持ちだけで十分です!!
元親の言葉にちょっと感動していると。
「そっか・・・?」
元親は眉を寄せて、かすかに苦笑した。
その花がしおれたような様を見て、政宗は内心で息を呑んだ。
ポーカーフェイスの下の顔面から血の気がさっと引いたが、鉄壁の仮面は崩れない。
元親にこんな顔をさせてしまうだなんて!!
何て最低野郎なのだ自分はと内心で頭を抱えながら、反射で政宗は唇を開いていた。
「先輩、お言葉に甘えさせてもらっていいですか?」
その言葉に。
しおれていた花が太陽を浴びて輝くような笑顔に変わる。
「おうよ!!何でも好きなもん言えよ!!」
「じゃあ・・・」
カスタードパンとドーナツとエッグタルト。
好きなもの、と言われて、反射で喉からでてきそうになった菓子パンの名前。
はっとして政宗は固まった。
このいかにもな甘い菓子パンの羅列はマズイのではなかろうか。
どれか一個がまじっているならまだしも、全部が全部、である。
普通の男子高校生なら、甘くて胸焼けがするとかいうところではなかろうか。
いや、政宗的には全然問題ないのだが。
「どした、政宗?」
いきなりひょいと顔を覗き込まれて、喉に引っかかっていたパンの名前が逆流した。
落ち着け!!と心の内でそう一言喝をいれ。
政宗は並べられているパンを指さした。
「サンドイッチとカレーパンで」
「そんだけでいいのか?」
「ええ」
「そっか。あいよ、わかった」
こっくりと頷いて、元親は棚からひょいとサンドイッチとカレーパンを手に取った。
「ちょっと持っててくれ」
政宗に手渡したあと。
元親は猛然と他のパンを回収しだした。
やきそばぱんフランクロール卵むしパングラタンロールコロッケパン。
とどめは特製メロンパン。
両腕にごっそりとパンを抱えた元親は満足気に頷いて、政宗を振り返った。
「よっしゃ、レジ行くぜ」
「・・・・・・はい」
思わず呆然と見守ってしまった政宗であった。
そのまま一緒に食べようという流れになり、今日は天気がいいから屋上へいこう、と元親は言った。
いきなりふってきた幸運に、政宗は舞い上がりそうになった。
二人で屋上でランチ、である。
二人で、と己で考えた言葉に、顔が赤くなりそうになるが、なんとか表情を取り繕った。
コンクリートのうえに腰を下ろして、二人でパンを食べる。
「先輩、そんなに食べて腹大丈夫なんすか?」
横で順調にパンを腹に収めていく元親を見遣って、政宗は聞いた。
見てるだけで何というか、胸がいっぱいになりそうな食べっぷりである。
コロッケパンを頬張っていた元親は、口をもぐもぐさせながらう〜んと首を捻った。
ごくりと嚥下して。
「腹は、全然問題ねえなあ。いつもこんくらい喰ってるし」
「いつもっすか」
うんと頷いてから、政宗の驚いた顔を見て、元親は恥ずかしそうに笑う。
「大食いっつうか、パン一個とか二個とかじゃすぐ腹が減ってよお、放課後までもたねえんだよなあ」
確かにパンは消化が早い。
それに元親の体躯からすれば、これくらいの量は必要なのかもしれない。
高校生男子はただでさえ腹を減らしている生き物なのだ。
政宗はまだ小食なほうだろう。
「腹もちを考えるならパンよりごはんのほうがいいっすよ」
「あ〜だよなあ」
頷いて、ぱくりとコロッケパンを二口目で元親は食べた。
この学校には学食がない。
弁当か購買のパンか、の二択である。
学校側もわかっているのか、購買のパンコーナーはかなり充実して、場所も広く取ってあるため、生徒側には好評だった。
「よかったら、おれが弁当作ってきましょうか?」
「へ?」
元親がう〜んと唸っている姿を見て、気がつけば、政宗は唇を開いていた。
なんせ政宗は元親の悩みを解消できるスキルを持っているのである。
普段は表に出すことは決してないが、できる人間からすればじれったいと思うことも多々あり。
自分にできることがあるのならば、何だってしてあげたいと思う。
ましてや、その技術を生かすのが、好きな人のためとあらば、嬉しいことではないか。
好き、という単語に、何考えてんだおれは、と自分で照れたところで、じっと自分に注がれている視線に気がついた。
元親が目をまるっと見開いて自分を凝視してるのに至ってようやく、
政宗は今自分が結構大胆な発言をしてしまったことに気づいた。
政宗は慌てた。
「いや、おれもパンじゃ味気ねえなと思ってたんで。
一人ぐらしなんで、一人分の弁当作るのは逆に面倒なんでパンだったんすけど」
前日におかずを仕込んでおけば、一人分でも全然問題ないのは自分が一番よく知っていたが、
それをいっちゃあおしまいである。
「先輩さえよければ、っすけど・・・」
後半部分はしりつぼみになってしまった。
じっと見つめられるのは落ち着かない。
「おれは、その、助かるんだけどよお。お前、部活で朝も早いんじゃねえのか?
ここの剣道部は強いんだろ?練習もキツイって聞いたぜ?」
元親は申し訳なさそうな顔をした。
自分の手間を心配してくれていると気づいた政宗は思わず首をぶんぶんと横に振っていた。
「全然大丈夫です!早起きには慣れてるんで。それに、言ったっておれの弁当のついでっすから」
「そうか?」
「ええ」
力を込めて頷けば、元親は唇に笑みを刻んで政宗を見た。
どきりとした。
「悪い」
その一言に、息が止まる。
ああ、やっぱり出過ぎた言葉だったのかもしれないと、天上からいきなりたたき落とされたかのような気分を味わうが。
「じゃあ、図々しいんだけどよ、甘えちまっていいか?」
一気に天上へ再び舞い上がる。
ああ、まさにジェットコースター。
口元を抑えて、政宗は頷いた。
「明日も昼休みは屋上でいいっすか?」
「ああ!」
さりげなく明日も二人で食べる約束をとりつけ。
政宗は心の中で、ガッツポーズをとった。