一目で恋の花咲くこともある。


恋。
そう、人は何故恋をすると、少女漫画を読みたくなるのだろう?
ヤバイと政宗は己の今の状態を自覚していた。
あのヒマワリみたいな輝かしい笑顔が、ここ数日頭を離れないのだ。
そして、何がヤバイかと言えば。
政宗の部屋の本棚に新たに加わった、その日衝動買いしてしまった少女漫画三冊。
新たに購入した毛糸で早々と作ってしまったウサギの編みぐるみ一体。
ポップな花柄模様のピンクのマグカップ。
きらきらした可愛いものが確実に増えている己の部屋。
そう、学校ではクールで硬派な男を通してきているが。
実は、政宗は、中身は最近女子でもそうそういないほどの、繊細な乙女心の持ち主であった。
実際は男なので、乙女というか乙男である。
別に女性になりたいわけでもなく、ただ単純に、趣味思考が乙女的であるというだけなのだ。
好きなもの。きらきらした可愛らしいもの。少女漫画。
趣味。お菓子づくり。ぬいぐるみ作り(編み物含む)
特技。家事全般。
隠された政宗の裏プロフィールである。
表に出すわけにはいかなかった。
今は別な場所に住んでいる政宗の母は、非常に厳格な人で、
政宗のそのような性格を軟弱で男の風上にも置けないと、一刀両断し、『男らしく』あるべしと厳しく言い渡したからだ。
以来、政宗は己を戒めてきた。
だというのに。
政宗はふと廊下を見た。
やはりあの体躯と銀の髪はよく目立つ。
二階の廊下からでもすぐに分かってしまうほどに。
無意識に『彼』の姿を目で探している自分に気がついて、政宗は窓の枠に手を置いてぐらりと傾ぎそうになる体を支えた。
何故あの人の笑顔はあんなにも輝かしいのか!
ここ数日の間に劇的な変化をとげつつある己の部屋の有様を思い起こして、政宗は思わずため息を吐いた。
その姿もどこか愁いを帯びていて、偶然その姿を見た女子たちは顔を染めてうっとりとしたが、
考えていることを知ればきっと瞬間冷凍されたように固まるだろう。
そう、誰にも知られてはならない政宗の秘密であるが。
「な〜に〜、アンニュイなため息なんざついちゃって」
一人だけ例外がいる。
それが、中学からの腐れ縁である、佐助である。
「・・・」
政宗は嫌そうな顔をして佐助を見た。
にやりと唇を歪めて、佐助は外へ視線を向ける。
「2年3組長曾我部元親。身長184cmにあの銀髪じゃ見つけやすくていいよね〜」
政宗が推測したとおり、一年ではなく先輩であったようだ。
「三週間前に転校してきたらしいよ?」
「・・・何でそれをわざわざおれに言うんだよ」
「え、だって知りたかったでしょ?名前とか」
「・・・・・・」
さらりと、さも当然といった風に返された言葉に、政宗は眉を寄せて唇を引き結んだ。
ええ、その通りでございます!
「何でそう思うんだ?」
「有名だよ?政宗が華麗〜にカツアゲ助けてあげたって。まあ、あとは・・・」
佐助は声をひそめて続けた。
「政宗が手芸屋さんからでてくるところ見ちゃったんで」
目が笑っている。
不覚であった。
「テメエの他には」
「誰も見てないと思うよ〜。あそこ夕方は人少なくて穴場だもんねえ」
「・・・・・・」
「確かに、笑顔がイイよね、あの先輩」
思わずぎろりと佐助を睨んだ政宗である。
「そんな怖い顔しなさんなって。
それよりも、その元親センパイ、あの笑顔とさっぱりした性格で、もう二年の間じゃ人気者よ?」
そりゃ人気者にもなるだろう。
なんせこの自分も一発でオとされてしまったほどなのだ。
佐助は政宗の肩を気安く叩いた。
「ま、がんばって!!」
この笑顔は絶対に面白がってやがるなと冷静に分析し、政宗は何も言わずに佐助に背を向けた。
そんな放課後のこと。
本日当たっていた日直の仕事をこなし、さて部活へいこうかと廊下を歩いていたところ。
偶然とおりかかった家庭科室から、突如響いた雄叫び。
「かーっちくしょう終わらねえっっ!!!」
政宗の足はびたりとその場に縫い止められ、思わずそのまま家庭科室のドアをがらりと開けてしまった。
両腕を万歳(または降参)のポーズに上げた元親が、それに気づいて顔を向ける。
ばちりと目があった。
元親はぱちくりと瞬いたあと、へにゃりと相貌を崩して苦笑した。
「あ〜、悪い。聞こえたか?」
「ばっちりと」
政宗は少し迷ったあと、家庭科室に入り後ろ手で扉を閉めた。
「何やってるんすか?」
「ん〜、家庭科の課題なんだけどよお」
テーブルの上にぐちゃりと広げられた布の切れ端やら糸の束やらを見て、政宗の頬はぴくりと引きつった。
糸を手にしながら、少しばかり恥ずかしそうに元親は頭をかく。
「今日中に出せって言われてんだけどよお、こういう手先仕事はからきし駄目でなあ」
何でぞうきんじゃ駄目なんだとぶちぶちとこぼす姿と、手つきの危うさに、思わず政宗の手芸心がうずく。
「課題って何なんすか?」
「端切れで創作」
「・・・そりゃ、ぞうきんは駄目だと思うっすよ」
第一端切れで作られたそれはたぶんぞうきんじゃない。
そう言えば、元親はぐうと唸った。
痛いところをつかれたらしい。
それでもどこか往生際悪くちくちくと針を動かしていたが。
「っつ!」
「?!」
「ああもう何度目だよ」
うんざりと息を吐いたあと、前にいる政宗に気づいたのか、元親は小さく笑って、己の指を振って見せた。
赤い珠がぷくりと盛り上がっている。
「刺したんですか?!」
「今日三回目」
人差し指を口に含みながら、元親は力無く笑った。
政宗は一度俯いた。
そして、元親の針を持つ手をがっと握った。
「おう?!」
指を唇から離して、元親は目を見開いた。
握ったその手から針を抜き取り、政宗は一言宣言した。
「手伝います」
こんな危なっかしい手つきのこの人を、放っておけるわけがなかった。


結局、手伝うといいつつも、八割方政宗が手を出してしまった元親の課題であるが、
できあがったブツを見て、元親は目を輝かせながら凄いを連発した。
「お前、これマジすっげえよ!!!いや〜、凄いなあ」
「・・・そうっすか?」
誉められて悪い気はしない。
笑顔を顔一杯に浮かべながら、元親はふと思ったのか顔を上げた。
「もしかして、お前、こういう裁縫とか得意なのか?」
その言葉に、ようやく我に返った政宗である。
慌てて緩みまくった心を締め直し、精々さらりとした表情をつくる。
「いえ、まあそれなりに手先は起用な方だと思いますが。やってみたら案外うまくいって、ほっとしてるところっす」
先輩の課題ですから、と付け加えれば、元親はへえと頷いた。
このまま深くつっこまれるとマズイと気づき、そそくさと政宗は腰を上げた。
「じゃあ、おれは部活があるんで・・・」
「あ、悪かったな」
「いえ」
扉をでるところで。
「政宗!」
それが己の名であることに何故か実感がわかず、政宗は馬鹿みたいに硬直し、次いでものすごい勢いで振り返った。
あのヒマワリのような笑顔で、元親はできあがった作品を持ち上げて。
「お前に助けられたのは二度目だな。ありがとな!!」
正直言って。
胸がときめいてどうしようかと思った。
名前を覚えていてくれてたという事実が嬉しくてたまらない。
その日の政宗は、いつもに増して技のキレが良かったのだが、
それはまあ本人はそれほど自覚していない付加価値であった。