The One
『I pledge my life to show loyalty to my lord』


国中の主だった貴族達が一斉に顔を揃える謁見の間。
新王が刻む歴史の輝かしい始まりの日。
元親がいた場所は、国を守る師団の長として許されたところではなかった。
そこに立つのは、元親が全幅の信頼を置く副官。
元親が立つのは、部屋の端の暗がりにも似たところ。
けれど、王のもとへまっすぐに道が開かれている場所。
誰も目にとめないようなそこにひっそりと元親は控えている。
今日王となる男は言った。
「おれの頭に王冠が乗るまでが勝負だ」
前王が崩御して、政宗の命を狙っていた大半の人間は、政宗を排除することを諦めた。
前王が死んだ以上、王位の継承順は前王の遺書で継承権を変えぬかぎり覆らないし、新王への即位は速やかに行われる以上、暗殺という手も甚だ賢い選択とはいえないからだ。
だが、諦めぬ人間もいた。
政宗をどうあっても排除しようと躍起になっている人間達の中心にいるのが、政宗の実母であるということ。
政宗はそれを承知していたし、そのことについて特別悩みを得たわけでもなかった。
害しようとすれば、排除するだけの話だからだ。
王冠が乗せられ、即位を宣言するまでが勝負なのだと政宗は言った。
いくら政宗を疎んでいようとも、政宗が「王」になってしまえば、連中は手をだせやしないのだと。
怖いのは政宗という個人ではなく、所詮「王」という称号に付随する見えない何かなのだと政宗は笑った。
まだ何も起こってはいない。
即位式は順調に進んでいる。
玉座の前に控えている政宗の前に、この国の教会をまとめる最高司祭が足をすすめた。
司祭の手によって冠を乗せられ、御物を受け取れば、政宗はこの国の王となる。
何事もなく戴冠式が終わることを元親は望んでいたが、あの男がそうなることはないと知っていることもまた、元親は知っていた。
そしてその瞬間はやってくる。
司祭の横に御物が置かれたその時に。
元親は暗がりから飛び出した。
元親がいたそこは王に一番近い場所。
玉座の裏側にある影の中。
御物を捧げ持ってきた一群の一人。
その白い束帯の下から光る刃。
「政宗!」
元親は盾だ。
腰に差しているものは今はない。
この場に持ち込むことを許されているのは、王の宝剣のみのはずだからだ。
政宗の目が鋭く細められ、後ろに下がった。
同時に、元親は政宗の前、刺客の間に体を割り込ませた。
目に入ったのは、側にあった、王にのみ持つことを許された宝剣。
「元親、許す!」
その声が鼓膜を震わせた瞬間、許しの言葉を認識する前に、元親の手はその宝剣を掴んでいた。
宝石で飾られたこの世に二つとない豪奢な鞘を抜きはなち。
眩しく目をやく銀色の鋼。
凶刃を閃かせる男を、元親はその光の前に切り伏せた。
それこそ心臓が数度鼓動を刻む間のできごと。
倒れ伏した刺客の体は動かぬ。
流れ出す赤い筋に凍った時が動き出す。
「動くな」
若い一声がその場を沈黙させた。
政宗は小さく笑いながら司祭を促した。
「さあ、続けよう」
脅えたような色を瞳に映しながらも、司祭は厳かに祝いの言葉を口に乗せ、震える手で、王冠をその頭にかぶせた。
その瞬間、都に籍をおく師団が揃ってかかとを打ち鳴らし、その場に跪く。
それは臣従の証。
政宗はゆっくりと眼下に並ぶ諸侯たちを見下ろした。
「これでおれは目出度くこの国の王になったわけだ。不服がある奴は出な。おれ直々に文句ぐらいは聞いてやる」
途端、まるで波紋がひろがるように、皆が跪いていく。
元親は剣を鞘に収めて振り返り、王となった男の前に跪いた。
頭を下げて言う。
「御身の尊い即位の場を血で穢したこと、お許し下さい」
宝剣を受け取り、王は一度頷いた。
「許すと言ったのはこのおれだ。
何のために王宮の絨毯が赤いと思っている?」
密やかに笑みがそう問うた。
幾人もの流した赤を踏みしめ立つ男。
元親は頭を下げたまま腕を胸の前に置いた。
本当は己の剣に誓うのだが、生憎剣は手元になかった。
代わりに、己の心臓に、命に誓う。
「私はこの身とこの身に宿る命を御身のために使いまた御身のために失うこと誓います」
それは騎士となる者が王へと捧げる誓いの言葉。
かつてこの言葉を元親は前王の前で口にした。
元親は顔を上げた。
王からの許しも得ぬまま、己の意志のみで、顔を上げて、政宗の顔をまっすぐと見上げた。
それすらも不敬罪といって首を落とされてもおかしくない。
それだけではあきたらず、あろう事か政宗、と尊いその御名を唇に乗せた。
強い視線が元親を見下ろしてる。
「王にじゃない。お前に、お前自身に、忠誠を誓う」
それは誰かの命令とか騎士だからとかいう理由ではなく。
元親という個人が、政宗という一個の人格に対して捧げる誓い。
しゃらりというそれは剣が鞘がこぼれる音。
そのまま頭を下げれば、左の肩に重み。
それはさきほど元親が刺客を屠った、王の宝剣。
人一人を屠ったそれは、眩い光を放っている。
銀の刃が首の横に置かれている。
元親は身動き一つしなかった。
始まりは誰かの命だった。
元親の動きを縛るものは誰の命でもなかった。
そこにあるのは元親の意志だけだ。
よく通る低い声が頭上から降り注ぐ。
「お前の忠誠を受け取ろう。これからお前の命、お前の剣はおれのものだ。
誰でもない、この政宗自身の、な。
これからお前が流す血の全て、お前が屠る命の全てはこのおれのために成すがいい」
最初の王命は、顔をあげな、という短いものだった。
元親は顔を上げた。
まだ剣は首の横にある。
政宗は目を細めて笑った。
その笑みに声に存在に。
この身の全て、この存在そのものが縛される。
それは言葉に出来ぬほどの快感だ。
「返せと言われても手放してやらねえ。覚悟するんだな」
目を灼く銀の光を閃かせて宝剣を鞘にしまい、政宗は玉座へと上った。
剣と獅子が縫い取られたマントを翻し。
国王即位を祝う鐘が鳴った。
その日元親はただ一人の主を手に入れた。

忠誠を誓うのはただ一人
御身はたった一人の我が主







+あとがき+
始まりはここからでした。
戴冠式で、兄貴が筆頭自身に忠誠を誓うと頭を垂れたその絵が騎士部屋の発端。
騎士話は画が最優先です。
跪いて頭をたれる兄貴の肩に剣を置き、忠誠を受け取る筆頭という図。
それが全て。