Opening Bell
その日は風が強い嵐の夜だった。
こうこうと鳴る風の音と雨音に浸りながら、政宗は自室で夜食をとっていた。
配膳係までやらされた元親は、何故今さらこんな時間にと思わないでもなかったが、
政宗は肩をすくめて、夜食の席じゃ腹にたまらんと言った。
元親もこれまたそうかと短く、若干呆れまじりに、何とも言えない顔をして返すしかない。
皇族が集まってとる夜食の席。
何でも、給仕をする人間が心労で倒れたとか、粗相があって解雇されたとか。
王宮ごとには疎いが、皇族の側に今現在は侍っているといってもいい元親の耳にも入ってくる話を思い出した。
政宗は何でもないことのように続けた。
「連中もいよいよ必死だろうよ。親父はもってあと数日、いや二三日だそうだ」
元親は思わず配膳を整える手を止めた。
反射で周囲を伺うが、ここは皇太子殿下の私的な自室で、今も政宗の他には部屋には元親一人しかいない。
小十郎は隣の続き部屋につめてはいるが、間には分厚い扉がある。
分かっていても、思わず周囲を確認せずにはいられなかった。
不穏の一言ではすまない言葉だった。
政宗の態度は普段と同じだった。
いや、普段よりもくつろいでいるといってもいいかもしれない。
いっそ場違いだと思うほどに。
政宗の言葉が真実だ。
国王の命が短いというのなら、それこそ、周囲の連中は必死であろう。
政宗の戴冠を望まない幾つもの影たち。
今まさに、刺客が刃を放ってもおかしくない。
そんな場にいるのが、隊長格、貴族の名をもつとはいえ、下級貴族で古参の近習でもない自分だけだという状況。
しかも帯剣を許されて。
元親は思わず己の腰にある重さを意識に、そして目の前で長いすにくつろぐ男を伺った。
もう一度注意してその様子をうかがったが、そこに気負ったものは見いだせなかった。
配膳を手を再開させて、元親は長い息をこぼした。
「テメエ、そんないきなり心臓に悪いことをあっさりと言うな」
「心臓に悪いか」
「たかだか師団の隊長格にや天地がひっくり返るぐらいにはびっくりな話だ」
「やわな心臓だな」
「お前がタフすぎるんだよ」
「今日親父に遺言されてきた」
「…へえ」
グラスに極上の酒をなるべく静かに注ぐ。
「あとはお前の好きにやれ、だとよ」
くっくと喉を割らして政宗は笑った。
その言い方が気に入っているらしかった。
食事を並べ終わった元親は、一歩足を引いて控えた。
グラスの縁を指で戯れにたどって、政宗はそのグラスを持ち上げた。
顔を傾いでその唇が短く命ずる。
「飲め」
元親は黙ってそのグラスをとった。
一口、口に含めば、今まで元親が口にしたことのない上品なそして空疎な味がした。
グラスを返せば、今度はその目が元親が並べた食事に向けられた。
食事を一瞥した目が、元親を見上げる。
その目は命だ。
唇がゆっくりと動く。
「これが最後の毒味だ」
元親はだまって、男のために用意した、それこそ食べたこともないような手の込んだ料理を一口ずつ賞味していった。
全ての料理に口を付けた元親が顔を上げれば、政宗は楽しそうな目で元親を見返した。
「どうだ?」
政宗が求めている答えは、ぴんぴんしている元親が証明していたが、元親は眉をひそめて唇を開いた。
「マズイ」
「っっく」
政宗は体を折って声を上げて笑った。
「っは!国一番金のかかった料理を食ってマズイとはよく言った!!」
「こんだけ冷えてたらその金のかかった味も意味なくなるだろうがよ」
「て、テメエの言うとおりだな!」
機嫌良く声を上げて笑う政宗を、元親は唇をへのじに曲げて見ていた。
「そこまで爆笑することかよ」
別に元親は思ったことを、感じたことを言っただけだ。
毒味を命じられたことは不満にも思っちゃいなかった。
試されていることも。
まあ一片の寂しさも感じなかったのかといえばそれは嘘になるだろうが。
これは政宗のもつ当然の権利であることぐらいは承伏している。
ならあとはもう、自分の思ったとおりに、今まで通り動くだけだ。
信用して欲しいとは言えない。
そんな要求をつきつけられるほど、自分はこの男にとって価値がある人間だとも思っていない。
「いつぞやテメエと食べた、舌が火傷しそうなほどの臓物の煮込みのほうが、よっぽど旨いだろうな」
元親は大きく頷いた。
悪戯心を起こして目を閃かせてみる。
「今度喰いにいくか」
「…そうだな」
口元にゆったりとした笑みを浮かべて、政宗は目を伏せた。
その手がグラスをとったとき、扉の向こうから小十郎の厳しい声が政宗を呼んだ。
入れ、と短く返された言葉が終わる前に届く前に扉が開く。
元親は脇へと下がった。
主の前に膝をついて、小十郎は短く告げた。
「先王陛下が崩御なされました」
元親は息を詰めて政宗を見た。
「…そうか」
その唇がゆっくりと弧を描く。
グラスを持った手を高々と掲げて。
静かに一度、喉の奥で笑った。
「Show time の始まりだ!」
稲妻が窓の向こうでぎらりと光った。
さあ凄絶な喜劇の幕が開く。
駆り立てる先にあるもの。
嵐が来る。
政宗は一度グラスを軽く持ち上げた。
何かに乾杯するように。
誰かに敬意を表するように。
そして顎を上向けて。
掲げた甘い空疎な味の極上の酒を飲み干した。


さあ、開幕のベルが鳴る










+あとがき+
国盗り開始。
ここから即位式の数日の嵐っぷりとか筆頭のキレっぷりとか帝王っぷりとかを目の当たりにして、
兄貴は今までどれだけ筆頭のことを知らなかったかということに呆然とするでしょう。
そして今までよくぞこいつは生きてたな、とその意志の強さにあてられるでしょう。
きっと暗殺毒物乱れ交ってるよ!
無事即位式までこぎつけるあたりが筆頭の人徳というか魅力というか追い落とそうとする人間以上に容赦のないところだと思われます。