Winner's Honor
時折訪れる機会。
二人で訓練場にいるときは、お前が相手をしろと言われ、皇太子殿下直々に元親は剣の稽古をつけられている。
何故稽古かと言えば。
元親が自分より年下のこの男に、勝てたことが一度もないからだ。
それほどにこの男の技量は際だっている。
一種異常なほどだった。
元親とて、ただの一般兵ではない。
軍功をたて、勲章も何個か持っているし、何より、師団の隊長だ。
それが。
十代も半ばの、己のよりも年下の小僧に、訓練とはいえ、一度も勝てたことがないのだ。
つかっている獲物は、磨き抜かれた真剣。
そもそも真剣で次代の国王と向かい合っている状況からして異常なのだ。
だが、当の本人はお遊びの訓練なんぞ意味がないと気にする風はない。
初め、真剣をはね飛ばされたときは、状況を理解することができなかった。
信じられなかった。
次いで、言葉にならぬほどの恥ずかしさが体を貫いた。
何が、守ってやるだ。
守ってやると豪語した本人が剣をはね飛ばされていて何の護衛になるというのか。
しかし、政宗はそれについては何も言わず、それからも気まぐれのように元親を手合わせに付き合わせた。
元親も、毎回素直に応じた。
負けっ放しでいる気はさらさらないのだ。
何故こんなにも胸の中に炎を燃やして挑んでいるのか、いまいち自分でも理由はよく分からない。
年下の男に負けたのが悔しいのか、守っているつもりだった己の馬鹿さ加減を消したかったからか。
未だこの男から勝利を得たことはなく、いつも膝をつかされるのはこちらであった。
けれど、抱く悔しさ以上に。
元親は、その瞬間に絡め取られているのだ。
剣を合わせる間。
互いの顔しか視界にない。
こちらを見据える一つ目に。
引き込まれる一瞬がある。
その鋼の美しいとすら思える軌跡に見惚れる瞬間がある。
それは油断になるのか隙になるのか、元親自身に判断はついていない。
僅かな時の狭間での出来事で、故に濃密に凝縮された何かが満ちている。
その唇が弧を描くのを視界に認めて、元親ははっと我に返る。
見据える黒い瞳と絡んで一体となった繋がりからの覚醒。
反射で剣を持ち上げ。
鋼のぶつかる高い音が次いで鳴り響く。
受け止めたという自覚はなかった。
元親の中には何もなかった。
感情も、想いも、何も。
思考の空白。
体だけが反射的な動きを刻む。
ぎりぎりと体をゼンマイのようにひねり。
その力に乗るようにして、もう一本の鋼を捌き。
視界が僅かな間にぐるりと回転する。
一呼吸もない間に。
その首に刃をつきつけたところで、ぴたりと腕を止めた。
元親は瞬きをせずに、己を映す黒い瞳を見た。
その目も、瞬きをしない。
己の呼吸は止まっていた。
政宗は、剣をもつ腕をだらりと下ろした。
目を合わせたまま、その唇がゆっくりと言の葉を形作る。
深い声が、どこか楽しそうに言った。
「落としてみるか?」
元親は瞬いた。
そのせいか、額に浮かんだ汗が目に入りそうになった。
目を開ければ、案の定じわりとしみたが、もう一度目を閉じることはしなかった。
代わりに息を吐く。
呼吸をした。
腕が震えそうになるのを、どうにかこうにか叱咤してこらえて。
「馬鹿言うな」
政宗はかすかに唇に笑みを浮かべながら元親を見ていた。
元親は剣を下ろした。
「おれに、首落とされてる暇なんぞないだろうが」
「・・・そうだな」
元親はうつむいた。
左手で目元の汗を拭う。
何なんだと思う。
一瞬の勝利を喜ぶことを奪う権利なんてこの男にもないくせに。
どうしてこんなに居心地悪い気持ちにならなければならないのか。
継承権を譲る気なんぞないと笑いながら言い切ったくせに。
ここはおれの国だと言ったくせに。
何故、戯れにでも、落としてみるかなどと言えるのか。
からかわれているだけなのか、試されているのか。
それとも。
真実、あの一瞬、首を落とされてもかわないと、そう思ったというのか。
政宗の中に閃いた思いが分からず、元親は眉を寄せた。
政宗の内側に触れた気がして、底深い深淵を見たような気がして、それを理解できぬことに歯がみしている。
「よかったな」
「・・・あ?」
だから、そう声をかけられて、元親は変な声をだしてしまった。
顔を上げれば、政宗の持っていた剣を押しつけられた。
にやりと笑みを刻む尊大な唇。
「守らせてやる」
「・・・」
「これでようやく、テメエに守られてやれるぜ」
そう笑う政宗の顔は、どこか楽しそうに見えて。
「・・・」
政宗は片手をあげて元親に背を向けた。
「それも片づけておけ」
「・・・・・・」
その遠ざかる背を見つめることしか出来ずに。
元親は己の顔に手をやった。
口元を覆う。
守らせてやると、そう言われたとき。
悦びで、目の奥がかっと焼けた。
己の存在を。
その側にあることを。
許されたのかと。
そう思うと。
胸が震えた。
それはどんな勲章よりも重い誉れ
+あとがき+
ようやく初め妄想していたような格好よさを出せたと思えなくもない筆頭(笑)
この時の年齢は17の終わりから18くらい。
筆頭最強伝説。
どちらも剣をたしなんでいるのなら、十代の間の年齢差はある意味絶対のはずですが。
故に筆頭が歩んできた人生の壮絶さを思わずにはいられない兄貴です。
師匠はコジュですが、たぶんこの頃にはコジュにも何本かに一本の割合で勝ちますね。
問答無用で生き残るための方法故の強さ。
殺伐万歳(ヒドイ)