ひとまず少年を家の中にいれ、リビングのソファに座らせて、
男二人は向かい合うようにしてダイニングの椅子に腰掛け少年に差し出された手紙を読んでいた。
手紙は元親が声に出して読んでいるのを、政宗がうさんくさそうな顔で眺めているといった状況だ。
「この子を預かってください、事情は察していただけると思いますが、頼れるのはマサシおじさんしかいないのです。必ず迎えにいきます。
それまでどうか、よろしくお願いいたします」
手紙から顔をあげて、隣に座る政宗を見遣り。
「まさ、まではあってるけど、お前マサムネだもんな」
そう確認をとると、政宗は半眼で元親を見返した。
無言でよこされるその視線に、元親はこれは大分に呆れているなと察して、少年に向き直った。
「なあ、お母さんとかお父さんはどうした?」
「・・・」
返ってくるのは沈黙。
ソファの上で三角座りをしている姿は、確かに可哀想な感じがする。
何も言わぬ少年に対して、横で不機嫌オーラを漂わせた始めた政宗に気づいて、元親は曖昧な笑みを浮かべた。
できるだけ声を優しいものにと心がけて再度少年へアプローチを試みる。
「別に取って喰いやしないからよ、安心しろ、な?」
「・・・」
「じゃあ、お前の名前は?おれは元親、こいつは政宗。お前は、何ていうんだ?」
「・・・アキラ」
ぽつりと呟きでかえされた声は、舌っ足らずなところが少し残っており、少年の幼さを元親は再確認した。
「そっかあ、アキラか〜」
「おい」
低い声は政宗のもの。
「名前聞いて分かっただろうが、ここにやマサシおじさんはいねえんだよ」
「・・・」
「おい、政宗、もうちょっと・・・」
「テメエはだまってろ」
「はい・・・」
視線も向けられず斬られた声の容赦のなさに、元親はおとなしく黙ることにした。
相手はこどもなのだから、そう脅かすなと言いたいのだが、政宗の機嫌が下降の一途をたどっていることが、元親の口を閉じさせた。
こういう時の政宗には極力逆らわないほうがいいということを、経験上元親は知っていたので。
まあ、たしかに謂われのない相手から、こどもを預かれと言われても困るだけだし、不快にも感じるだろう。
政宗の言葉に、少年は抱えた膝を掴む手にぎゅっと力を入れた。
ああ、やっぱりびびるよなあと元親は慌てて笑顔を作った。
政宗が脅かし役なら、自分の役は宥め役だ。
「パパとか、ママとかから何か言われたりしてねえか?」
少年はゆっくりと顔をあげて、元親を見た。
「ここで、待ってろって、ママが」
「そりゃここで待ってるしかねえよなあ」
「Shit!!馬鹿かテメエは?!」
別に納得したわけではなく、宥め役として頷いただけなのだから、そう凄い剣幕で馬鹿だとののしらないで欲しい。
ああほら、荒い声に、アキラが膝を抱えてうつむいてしまったではないか。
さりげなく肘で政宗の脇腹をついて牽制し、元親は笑顔を崩さずに続けた。
ただ内心は、政宗の血の上りように不思議に思っていたのだが。
まあ、確かに子供が好きそうなタイプには見えない。
自分も得意ではない。
けれども、そのことを抜きにしても今の政宗は苛立っているように見えた。
「ママがここまで連れてきてくれたのか?」
アキラは首を横にふって、ソファから立ち上がった。
何だと思っていると、ズボンのポケットから綺麗に畳まれた紙を差し出してくる。
元親が受け取る前に、横から政宗の手が伸びてきて、乱暴にアキラの小さな手からその紙を抜き取った。
「おい」
政宗の態度に少しばかり呆れて、元親は隣に顔を向けた。
政宗が期待していた中身はかかれていなかったのか、すぐに寄越された紙を受け取って、元親はその紙を覗き込んだ。
それは手書きの地図だった。
指し示されている場所は、確かにこの3ピースの場所である。
「たしかに、ここだわなあ。お前偉いなあ、これみて一人でここまで来たのか?」
柔らかい声で話しかければ、アキラは元親を見上げて、ただこくりと小さく頷いた。
そのままじっと見つめてくる視線に、どうしたと問おうとしたところへ。
「おトイレ」
小さいがきっぱりとした分かりやすい主張。
男二人は目を剥いた。
「何?!」
「おトイレ!」
「元親!!そのガキさっさとトイレへ連れて行け!!!」
大家の剣幕に弾かれたように、元親は地図を放って、その少年の体を抱き上げた。
「早くいけ!!」
「わあってるよ!!」
抱え上げた小さな体はとても軽く。
焦りながらも、己の中にしっかりとわき上がった同情心を自覚して、元親はため息を吐いた。
だってきっともう、見捨てられないのだ。




疲れたのだろう、眠そうな顔をしたアキラをひとまず己の部屋に連れて行きベットに寝かせたあと、元親はリビングに戻った。
そこで待っているのは、タバコをふかせている現在進行形で不機嫌な男が一人。
「お前、アイツをどうする気だ?」
そうすばりと聞かれて、元親は頭をかいた。
情が移りかけていることをしっかりと見抜かれている。
「あのさあ、考えたんだけどよ、アイツのマサシおじさんってさ、この家の前の持ち主じゃねえか?」
「その可能性は高いな」
「不動産屋に行けば、そのマサシおじさんとやらの住所とか、分かると思うんだ」
「・・・で?」
寄越される視線がどこまでも冷えているように感じて、元親はひどく居心地が悪かった。
政宗が不機嫌になるのも分かるのだが。
元親は政宗の向かいの椅子に腰を下ろした。
「そのマサシおじさんとやらの家まで、おれアキラを送ってくるわ」
横たわるのは問答無用の沈黙。
そして、政宗はこれみよがしに、吸い込んだ煙を元親の顔に向かって吐き出してくれた。
煙たさに思わず顔をしかめる元親を変わらず醒めた一つ目が見つめる。
「何しやがんだよ」
「テメエ、本当にお人好しだな」
「そんなんじゃねえよ」
吹き付けられた煙を元親は手で払う。
「そのマサシおじさんが北海道とか沖縄在住だったらどうする気だ?」
「・・・同じ原宿にいるかもしれねえじゃねえか」
にらみ合うこと数秒。
折れたのは、政宗のほうだった。
タバコを灰皿に押しつけて立ち上がる。
「好きにしろよ」
「ああ。好きにするさ。おやすみ」
背中にかけたおやすみを綺麗に無視して、政宗は気怠げな足取りでリビングを後にした。
よほど、突如持ち込まれた問題が気に入らないらしい。
分からなくはないが、それ以上に。
「可哀想じゃねえかよ」
ぽつりとつぶやいた、元親の本音。
迷子とは違う。
いわば、親に置いて行かれたのだ。
必ず迎えにくると書いてあったけれど。
迎えが来ることのなかった過去の自分を思いだして、元親は両手で頭をがしがしとかき回した。