晴れときどきブタ
二学期始業式の空模様は、見事に晴れ。
元親の隣に並ぶ政宗の服も、元親と同じく紺のブレザーだった。
二人並んで通学路を歩きながら、元親は政宗を横目で見た。
「っていうかお前、最近機嫌いいよな」
そりゃあな、と大きく頷いて肯定。
「これでも許嫁に隠し事してるっつうのは結構なストレスになってたんだよ」
「テメエも大概現金なやつだな」
鼻歌でも歌いそうなほどに上機嫌な政宗を、元親は鼻の頭に皺を刻んで、呆れたように見た。
確かに、あれほどまでの頑なに秘密にしようとしていたことは棚に上げていると思わなくもない。
しかし終わりよければ全てよしというか、何事も結果オーライである。
「むしろばれてすっきりしたぜ」
「って人の話を聞けや。…つうかよ、何でおれにだけ秘密にしてたんだよ」
「気になるのか?」
かすかに目を細めて、にやりと唇を引き上げれば、元親はぶすりとした、どこか拗ねたような顔で、それでも頷いた。
「…悪いかよ」
素直な顔に、逆に政宗は苦笑した。
「Ah,んな顔すんなよ。アンタを信用してねえからとか、そんな理由から隠していたわけじゃない」
「じゃあ何で」
どうやら言わぬままではいれないらしいと、政宗は観念した。
何せ、秘密にしていた後ろめたさがある。
「…何でってそりゃアンタ、惚れた相手にや言いたくねえだろうが」
ただ、まあ若干気恥ずかしいものはあったが、それが本音だ。
「へ?」
元親はぱちくりと瞬いた。
「水をかぶったら子豚になるだなんて、そんな間抜け極まりないこと、自分からばらしたいもんかよ。格好悪いことこの上ねえだろうが」
さすがに最後の理由を唇にのせたときは、政宗は元親から目を反らした。
元親の足が止まる。
つられるようにして政宗も足を止めた。
返す元親の声のトーンは若干普段より高めだった。
「…テメエが格好悪いなんてのは、初めっから知ってるっつの!」
思わず、おい、と顔を上げれば、元親はどこか怒ったかのように眉間に皺を寄せていた。
顔が赤いのはけれど、怒りのせいではないだろう。
「池に投げ飛ばされといて格好つけれる余地があると思ってんか?」
「あれは油断しただけだ」
「ハっ!格闘家が油断ね」
「そのあとおれに負けたのはどこのどいつだ?」
わざわざ通学の足をとめてにらみ合うこと数秒。
甘い雰囲気など欠片も持てない。
朝っぱらから互いの間に散るのは、意固地な火花で。
手を出し合って無駄にした時間は五分。
「はあ、ったく、テメエの、せいで、無駄な時間くっちまったじゃねえか!」
わずかに乱れた息を整えながら、元親は顔をしかめて文句を言った。
「手を出してきたのはアンタのほうからだろうが」
こちらも同じように息を整えて言い返す。
ここで悪かったと言えるような性格ではないのだから仕方ない。
「うっせえな」
こういうのは連帯責任なんだよ、と続けられた言葉はしかし、どことなく甘く。
「おれたちゃ許嫁だからな」
我が耳を信じられなかった政宗は、瞬間、固まった。
「…おい、元親」
「ご近所さんにまで盛大にばれちまったからな。今さら許嫁を下りるのも逆に色々言われそうだし」
元親は少しばかり照れくさそうに笑った。
「…」
「これからもずっと許嫁でいてやるよ」
綻ぶ口元。
その笑顔を見るとこちらまで幸せになれる。
「おれだって約束は守る男だぜ」
お前がおれを守ってくれるなら、おれもお前を守ってやると。
そう言われたとき、不覚にも胸がときめいた政宗だった。
「テメエが子豚になったら、湯を持って助けに駆けつけてやらあ!」
胸を反らしての宣言。
そこにこもっているのは、紛れもなく愛情ではなかろうか。
政宗も笑った。
「アンタ、本当素直じゃねえな」
「お互いさまだろうがよ」
「確かにな」
「けどま、おれは子豚と結婚する気はねえからな」
「Han?」
「次のオリンピックイヤーまでは、結婚はお預けだな!」
晴れやかな笑顔で目を閃かせて、元親は駆けだした。
そのスピードはたいしたものである。
慌てた政宗は声を張り上げた。
「Hey!元親ちょっと待て!いまのはどういう…」
色んな意味で慌てていたが、元親は足を止める気はないらしい。
「ほら!早くしねえと編入初日から遅刻するぞ!」
「Ha!おれの脚力なめんじゃねえよ!」
スピードを上げて横に並べば、元親は楽しそうに喉で笑った。
それを見て、まあ問いただすのは後でいいかと思った政宗だった。
キミが笑ってる。
楽しそうに。
その隣にいるのが自分であること。
それが許されているということが一番大事で。
今自分がここにいる理由なのだ。
まあ編入初日にしていきなり、通学路にて、早起きのお年寄りの水まきの余波を被り、子豚になってしまった政宗だったのだが、そんなハプニングもこれから日常となっていくのだろう。
「ってわー、まーくん!」
「ぴ」
「ぴ、じゃねえよ!遅刻するっつってんじゃねえか!」
「ぷぎ〜」
「ああ分かってるよ、おれは確かに助けるって言ったよクソ!…よし、コンビニに行くぞコンビニ!カップ麺用に湯は常備してあるはずだ!」
「ぷぎ」
黒子豚と道に落ちたブレザー一式、かばんを両手に抱えて、元親はコンビニを求めて走り出した。
腕の中から頼もしい、それはもう格好いい許嫁を見上げて一言。
「ぴ、ぷぎ」
「あ?何言ってんのか分かんねえよ!」
それでいい。
でなきゃ簡単に言えるものじゃない。
I love you だなんて、そんな愛の告白は。
本日は晴天。
ただし、一部地域、晴れときどきブタ。