A little pleasure
イブの日にオールでパーティゲームをし目覚めた25日。
土曜日なのをこれ幸いとばかりに、25日の半兵衛の一日は、まことに静かにまったりと過ぎた。
秀吉の部屋から自分の部屋へと戻ったあとは、とりあえず朝風呂にゆっくりとつかり、
クロワッサンと紅茶で一応朝食をとってから軽く仮眠を取った。
何せ昨日は目を酷使したからだ。
慶次がゲームを好むため、それに付き合っている半兵衛も秀吉も、かなりの腕前を誇っている。
大げさに騒ぐ慶次のおかげで分かりにくいが、実は負けず嫌いな半兵衛は、慶次とゲームで対戦するときは、結構本気だ。
勝負ごとは勝ってこそ。
本気になる理由はすぐにみつかるが、手を抜く理由なんぞ見つからない。
大学の知人たちにはクールと評される半兵衛だが、局地的に熱くなる側面も持っている。
さて、そんなわけで昨夜は大層白熱したゲーム大会になった。
少しとはいえ、ワインを飲んでいたのも大きいだろうが。
なので、半兵衛のクリスマス当日の予定は、昨晩の疲れを癒すことにあてられていた。
秀吉はねねとデート。
慶次は、元気のいいことに、朝からサークル仲間と遊ぶのだと言っていた。
二人ともタフなことである。
午後からは、ゼミの課題を少しやり、クラシックをかけながら読書。
夕食は軽めですませようとしていた、午後八時。
全く予想もしなかったチャイムがぴんぽーんとなった。
予想もしなかったというのは、まごうことなく本当だ。
欠片も予想もしていなかったし、期待なんて全くしていなかった。
半兵衛はチャイムの音をとらえたその瞬間だけ、神経質な質を表すように、眉をぴくりと動かした。
椅子から立ち上がって玄関に向かう。
きゅっと唇を引き結んだ、親しくない者から言えば、冷たい表情で、
けれど、それなりに親しい者からいえば、感情を隠すための表情で。
鍵をゆっくりと外せば、どこか鈍い金属音。
相手が誰かも確認せずに、普段なら絶対しないような不用心さであっさりと扉を開ける。
それはつまり、どこかで扉の向こうにいる人物の来訪を予期していたことの証明だろう。
もしくは、期待していたことの。
けれど冷静な心の声は気持ちよく聞かなかったふりをして、半兵衛は一度だけ瞬いた。
「よ!」
にかっと、邪気のない笑みを唇に刻んで。
片手を軽くあげて、慶次はそう挨拶した。
半兵衛があがれという前に、慶次はさっさと部屋にあがりこんでくる。
その強引さに、半兵衛は毎度ため息を吐くも、無理矢理追い出したことは一度もなかった。
「今日はサークルでクリスマスパーティなんじゃないのかい?」
定位置ともいえるソファに早々と腰を下ろした慶次に問いかければ、慶次はあっさりと頷いた。
「ああ。これからカラオケ行くっつってた」
「じゃあ何故君はここにいるんだい?」
重ねて問えば、慶次は半兵衛を下から見上げ、笑ってみせた。
「抜けてきた」
「・・・・・・」
コートの上に置いてあった袋を掲げてみせる。
「駅前のパン屋でサンドイッチとケーキ買ってきたから、一緒に喰おうぜ半兵衛!」
「・・・・・・・・・」
半兵衛はきっかり呼吸三つ分、表情を変えずに無言で慶次を見返した。
しかし慶次は気にせずにこにこと機嫌良く笑っている。
「ここのサンドイッチ、ボリュームあって旨いんだよ。サンドイッチなら半兵衛も喰うだろ?」
「サンドイッチならってどういう意味だい」
「え、フライドチキンとかでもよかった?」
「昨日散々食べただろう?!」
思わず声をあげれば、慶次は、そういうと思ったからサンドイッチにしたのだと頷いた。
半兵衛はわざとらしく一度ため息を吐いて、キッチンへと戻った。
後ろから袋を手にした慶次が後をついてくる。
「半兵衛、皿」
大皿を一枚取り出して渡せば、慶次は豪快にサンドイッチを皿に盛りつけた。
何というか、サンドイッチ・タワーというかんじだ。
「落とさないでくれよ、慶次君」
「わかってるって」
半兵衛は茶葉を入れ替えて、新しく紅茶を入れ直した。
暖めた陶器のカップを二客、片手に持って、もう片方にはポット。
「今日は何?」
「ダージリンだよ」
「へえ」
慶次は感心したようにカップに注がれる紅茶を眺めていたが、多分よくは分かっていないのだと半兵衛は思っている。
分かっていないのだろうが、半兵衛のいれる紅茶が一番旨いと慶次は言う。
邪険な振りをしても、結局丁寧に紅茶をいれる理由がそこにある。
何だかんだといっても、半兵衛は慶次を拒めた試しがないのだ。
さっき、あっさりと扉を開けたように。
紅茶をだしたように。
並んでサンドイッチを食べているように。
慶次がボリュームのあると太鼓判をおしたように、何枚ものハムやエビ、アボガドやらが入ったサンドイッチは大層ぶ厚く、
半兵衛は結局小皿の上でナイフとフォークを使って食べた。
それを見た慶次は、律儀だなあと感心していた。
サンドイッチを平らげ、ケーキにさしかかったとき。
紅茶をついでやりながら、で、と半兵衛は口を開いた。
「何しに来たんだい?」
今更な問いだった。
問いを発するタイミングにしても、その意味についても。
タルトを直接手に持ってかぶりついた慶次は、指をぺろりとなめて顔をあげた。
一口でタルトの2/3は慶次の口の中だ。
「クリスマスパーティなら昨日したじゃないか。わざわざサークルの集まりを抜けてきてまで、何しに来たんだい?」
慶次はきょとんと目を丸くした。
邪気のない目は逆に質が悪いと半兵衛は思っている。
「昨日は三人でのパーティじゃねえか。今日は二人のクリスマスをしに来たんだよ」
案の定、まことにあっさりさっぱりと。
何を当然のことをとでもいわんばかりに口にしてくれる。
約束も何もしなかったくせに。
「・・・・・・物好きだね、君は」
「そっか?」
慶次は首を傾いだが、それ以上興味はなかったのか、最後の一口でケーキを平らげた。
半兵衛は紅茶をさますふりをして顔をふせる。
何でもない顔をして、ずかずか人の内側に入ってくるその様が。
実際不愉快で腹立たしいのだけれども、実は嫌ではないのだと。
「・・・なあ半兵衛。そっちのケーキ一口くれよ」
「嫌だね。君の一口は一口ですまないだろう」
やはり認めるのは癪だなと。
半兵衛は小さく笑いながら、お預けをくらった犬のような目をした慶次を尻目に悠々と、手元のケーキを口に運んだ。