The happiest man
「旦那ー」
「なんだ、佐助?」
ひょいと台所から居間に顔を出せば、旦那はこたつに足を入れながら、難しい顔をして早速冬休みの課題にとりくんでいる。
正月はあいさつまわりやら、宴会やらで時間がなくなるから、前倒しでやっておけってお館さまが釘を指したのがよかったらしい。
声をかければ、どこかほっとしたように眉間から皺が消えるのがわかって、おれさまとしてはそれだけのことで嬉しくなっちゃうんだよねえ。
だって、旦那をほっとさせられる人間って認めてもらってるってことでしょ?
今日はクリスマスだから、夕飯は奮発して、普段は食べれないような海鮮をこれでもかというほどいれたおれさま自慢の海鮮鍋。
その準備もあらかた終わったから、旦那を手伝ってあげようと思ってたんだけど、その前にもう一つだけ。
「気分転換がてら、ケーキ買いに行かない?」
「行く」
旦那は顔をぱっと輝かせて、勢いよくシャーペンを机の上に置いた。
んじゃコート着てきなよと声をかければ、これまた階段をものすごい音を鳴らして駆け上っていくのが分かって。
あーなんかシアワセーって思うんだよね。
ちっちゃなシアワセを簡単にもらえるおれさまって、ホント、幸せ者だと思うよ。
玄関を出て、二人並んでケーキ屋までの道を歩く。
旦那と二人で並んで歩くなんてことは別段珍しくもないんだけど、いつもと違う道を、しかもクリスマスって日に、ケーキっていう目的のために並んで歩くって、なんだかデートみたいじゃない?
っていうかおれさま的にはこれはもうデートのつもり。
そう思ってるのがおれだけでも、ね。
「ブッシュドノエルとかでもいいよねー。クリスマスだし。そういえばあんまり食べたことないじゃん?」
「ぶ、ぶっしゅ?」
「切り株の形のケーキだよ旦那。まあこの時期しかお目にかからないけどねー」
マフラーまいて、手袋して、白い息を吐きながら、暗くなった道を歩く。
生憎と今日は星空は拝めなさそうな空模様だ。
「・・・旦那、どうかした?」
色々話してたんだけど、どうにも旦那の様子がおかしいので足を止めれば。
旦那は慌てたように首を横にふった。
「な、何でもない!」
「何でもないことないでしょ?家出てから何か沈んでるじゃない。何、そんなに課題難しいの?」
「いや」
「大丈夫だって。帰ったらおれさまも手伝うからさ」
「う、うむ。頼む」
この申し出には素直にこくりと頷いてくれたけど、でも旦那の顔は晴れない。
課題が原因じゃないのなら、何が旦那の顔を暗くさせてるんだろうね。
「あ、それとも寒いのが堪えた?ごめんね付き合わせちゃって」
言いつつも、旦那はそれほど寒いのは苦手じゃないはずなんだけど。
なんて思ってたら、旦那は驚いたように目を丸くして、またもや勢いよく首を横に振った。
「そんなことは思っておらぬぞ佐助!」
「んじゃなに」
だよねえと頷きながらも聞き返せば、旦那はぐっと言葉を詰まらせた。
首を傾いで見つめれば、旦那の眉が情けなく下がるのが見える。
本当、旦那は思ってることが素直に顔にでるよなあ。
まるで耳を垂らしてしゅんとしている柴犬みたい、なんて。
「ケーキなのだが」
「ケーキがどうかしたの?クリスマスなんだから今日ばっかりはおれさまもケチくさいことは言わないよ?旦那の好きなの何でも・・・」
買うつもりで来たんだし、とは最後まで言えなかった。
「こ、今年は、佐助のケーキはなしなのか・・・?」
どこか悲愴ともいえる顔で絞り出された言葉は予想外もいいところ。
「・・・へ?」
言われた台詞の意味が俄に理解できなくて、不覚にもものすごい素な声が出た。
「毎年、チーズケーキを焼いてくれてただろう?」
「いや、それは、まあ」
それはまあ外で買うのにかかる野口さんの人数が頭をかすめていたからであって。
でも今年は余裕があったから、どーんと奮発しちゃおうかなと思ったからであって。
っていうか旦那ったら。
「それがしは、そのぶっしゅのえるとかいうものよりも、佐助のチーズケーキを食べたいのだが」
旦那ったら。
何て台詞を言ってくれるのか。
思わずおれも間抜けな顔をさらしちゃったじゃない。
ああ今鏡みたら、絶対有り得ない顔が写っちゃうよこれ。
緩んでどうしようもない口元を押さえれば、何を勘違いしたのか、旦那はあわあわと慌てた。
「い、いや別にいいのだ!ケーキを作るのは手間がかかることはそれがしも承知している」
「・・・・・・」
おれさまは思わず、早くケーキ屋へ行こうと先を行こうとする旦那のコートの端を掴んで止めた。
「佐助?」
「本当にチーズケーキなんかでいいの?」
「ああ」
「用意してないから、今年はサンタとか乗ってないよ?ほんとにただのチーズケーキになるよ?」
サンタさんはないのか?!と旦那は思わずと言ったふうに短く声をあげた。
旦那らしくって、思わずコートを掴んでいた手を離して、おれさま、笑っちまったよ。
あんたいくつになったのよ。
「んじゃケーキ屋行こうか」
「・・・うむ」
「チーズケーキに乗せるサンタが売ってるはずだからさ」
そういえば、旦那の顔はぱあっと輝いた。
何て安あがりなの旦那。
そして、おれさま。
豪華なケーキもクリスマスプレゼントの一環のつもりだったのに、むしろもっとおっきいものをもらっちまった。
「そのかわり、宿題は手伝えないからね」
意地悪のつもりで言ったのに、笑顔で頷かれてしまって。
あー、ほんとおれさま、今世界一のシアワセ者だわ。