Epilogue
秋が巡ってきたある晴れた日の朝。
元親は愛馬に荷台をくくりつけ、その上に発明品を積み込んだ。
一年で一番大きい発明大会に出品するため、街へと行くのだ。
今度の発明は、広間の掃除を簡単にしてくれる自動拭き掃除機だ。
城の広間で試し運転済みで、小十郎にもお墨付きをもらったので、自信はたっぷりだ。
さて出かける準備が整ったと一息ついたところで。
「Hey,Honey そろそろ行くのか?」
「おう!」
振り返って、元親は機嫌良く頷いた。
発明大会は、他の参加者の発明品も見ることができるので、それも楽しみな元親はうきうきと上機嫌なのである。
そんな元親を見返して、政宗は拗ねたように目を細めた。
「昨日の夜はアンタのほうからしがみついてきてくれたのに、起きたらいやしねえ。手放さねえわけじゃねえんだから、おれが起きるまでは隣にいてくれたっていいと思うんだが?」
艶やかな流し目を寄こされた元親はけれど、あからさまな政宗の言い方に頬を染めることもなく、小さく笑って悪いと謝った。
不満そうにこちらを見やる政宗に近づいて、その肩に手を置き、唇に口づける。
「そんでもって、おはよ、政宗」
元親からのキスに政宗はすぐさま機嫌を直して、Good morning honeyと甘い声で囁き返した。
もう一度今度は政宗の方から口づけを贈られる。
見送りにはいつも、政宗だけでなく小十郎もいたが、二人の別れの挨拶には口を挟まず後ろで控えているのが常だった。
初めは照れもしたが、何度もこっぱずかしい挨拶をしていればそのうち開き直った元親だ。
あの日、王宮から刺客が城にやってきて、その凶刃に政宗が倒れたとき。
元親は政宗を失ったかと思った。
その瞳が閉じられ、体が重たくなったのを感じたとき、心は激しい感情の波に攫われた。
それはもともと元親が持っていたもので、けれど今までずっと、かえりみなかったもの。
喜びを知った。切なさを知った。恐怖を知った。
ありとあらゆる感情を、元親は政宗の存在によって揺り動かされた。
そして、恋を知った。
掠れた声と乱れた息で紡がれた言葉は、元親の心に染みこんでいって、そして、小さな乾いた穴を満たしていった。
この男を愛している。
ようやく己の中にある感情の名を見つけたときにはもう、何もかもが遅かった。
そう思った。
けれど、そのとき、空から星の粒のような輝く光が無数に降り注いで、政宗の体を包んでいった。
獣であった政宗の体が人へと戻っていくのを、元親は呆然としたまま見ていた。
呪いが解けたのかと脳が認識する前に。
その体がぴくりと動いて。
政宗が体を起こし、自分を振り返った瞬間を、きっと自分は一生忘れないだろうと元親は思った。
そう、政宗にかけられていた呪いは解けたのだった。
どうしてだろうと首を捻った元親に、政宗はにやりと質の悪い笑みを刻んで、元親の体を抱き寄せ、額を寄せた。
元親の顔をのぞき込んで言う。
「愛のこもったキスの力だろ。…なあ、もう一回言ってくれよdarling」
言葉はどこか偉そうなのに、見つめる瞳は溶かされてしまいそうに熱くて、元親は胸の奥が震えるのを感じた。
政宗の頬に両手を添えて、元親は涙のあとが残る頬を緩ませて破顔した。
掌に触れている温みに、目の端から滴がこぼれる。
悲しくても涙はこぼれて、そして喜びでも涙がこぼれることを元親は知った。
政宗が教えてくれた。
だから。
「お前が好きだ。お前のことが誰より愛しい。お前を、愛してる…。だから、側にいさせてくれよ」
以来、元親は政宗の城で暮らすようになったのだ。
呪いが解けても、政宗は森の外へは出ないと言った。
森からでないことをしたためて王宮へ使いもだしたらしい。王子に戻るつもりはないから、と。
年に何回か、元親は森を出て、街へと発明品を持っていく。
自動薪割機・改で発明大会に優勝してからは、元親の発明は多くの人に愛されるようになった。
今日も発明大会に出るために森を出て、しばらくは街で滞在することになる。
政宗は元親の髪に指を絡めて梳いた。
「ちゃんと帰ってきてくれよ?アンタの温みがねえと、寝るのが辛い」
政宗は元親の顔をのぞき込んで、掠れた声で低く笑った。
元親は思わず微笑した。
一人で寝る夜が寂しいだなんて。
そんなこと。
「…おれも」
素直に吐息でそうこぼせば、政宗はどこか照れたように、そして嬉しげに目を細めた。
元親は首を傾いで、髪を撫でる掌に頭をすり寄せる。
「お前のところに帰ってくるから、待っててくれよ」
触れるだけの口づけを交わして。
「愛してるぜ」
そして元親は馬に乗って城を出た。
振り返らずに、道を行く。
政宗が自分を見送ってくれていることを知っている。
そして、自分を待ってくれているのを知っている。
だから元親は振り返らずに城を出て行ける。
そして、帰ってくることができるのだ。
おかえりと、優しい笑みをはいてそう言ってくれる人がいるから。
貴方が私の帰る場所なのです。
Not kiss you good bye.
Because I love you.