喰わず嫌い王の逆襲

 
木曜9時。
元親はリビングのソファにいそいそと座り、テレビをとあるチャンネルに合わせた。
某有名お笑いコンビがもつ超有名なバラエティ。
その中の1コーナー、喰わず嫌い王選手権に、今日、政宗が出演するのだ。
バラエティなどの類には全くでないことで有名な政宗が、だ。
この話を聞いたとき、元親は目をまんまるにして、マジか?!とすっとんきょうな声をあげてしまったほどだ。
それほどまでに、バラエティなどに関する政宗の出現率は低いのである。
バラエティの類には出ないというのが、政宗の俳優としてのポリシーらしいのだが、
今回は主演として出演した映画の宣伝のため出てくれと、頭を下げられたらしい。
まだ政宗が新人だったころからの付き合いのプロデユーサーたっての願いには政宗も折れたらしい。
それでも、乗り気というほど前向きというわけでもなく、元親に報告しているさいはほどよく投げやりささえ漂わせていた。
「ま、一端頷いた仕事だからな。中途半端なことはしねえから、心配するんじゃねえよ」
無意識に大丈夫だろうかという心配が顔にでていたのであろう、政宗は微かに笑ってそう言った。
確かに。
プロ意識の高い政宗である。
乗り気でないこととは折り合いをつけて、ちゃんと仕事をするだろうと、元親も思っていた。
そんなこんなで無事収録もすみ、いよいよ今夜!放映されるわけである。
元親としては、ちゃんとトークをこなしているのだろうか、不機嫌な顔はしていなかったか、ちゃんと嫌いなメニューも食べられたのだろうかという心配と、
滅多に見れないバラエティに出演している俳優伊達政宗、というレアな図が拝めるという期待とで、
朝からそわそわしっぱなしで、政宗が苦笑するほどの落ち着きのなさだった。
「Hey、まだ何時間もあるんだぜ?ちょっとは落ち着けよ」
「そ、そうだけどよお。・・・あーでもやっぱ無理!緊張する!!」
「アンタが緊張してどうすんだ」
昼前にこんな会話をしたのも、もう遠い昔のようだ。
政宗は今日は午後から仕事で、遅くなると言っていた。
なので元親は一人で緊張と期待で胸をいっぱいにしながらテレビの前にかしこまって座っているわけだ。
そして画面にどばーんと番組タイトルが映し出され。
料亭に流れるかのようなBGM。
そして。
司会兼サポーターのお笑いコンビの一人に先導されるかたちで登場した男。
カジュアルな白のニットに黒のパンツという、珍しく黒一色ではない服。
しかしやはりというか、そこは外せないというか、深く切り込んだV字ネックの襟元からは、ばっちりと形のいい鎖骨が覗き、細いシルバーのチェーンが光っている。
「・・・やっぱそういう路線なんだな」
小さく笑ってしまいながらも、でもやっぱり格好いいなあとほれぼれと見惚れてしまった元親である。
ちなみに対戦相手も、とあるドラマでヒロインの相手役をつとめる今人気上昇中のイケメン若手俳優であったが、
やっぱり政宗のほうが断然男前だなと、元親は頷いて欠片も相手にしていなかった。
そこは惚れた欲目である。
まあ、欲目でなくても政宗のほうが格好いいだろうと、元親は素で思っていたが。
コーナーの構成は至ってシンプル。
ゲストの前には4品の料理が並べられ、そのなかの一つが嫌いなメニュー、他三つが好物。
そして互いに、その四品に紛れている一つの嫌いなメニューを当てるというものだ。
仕事はするという宣言通り、画面の中の政宗は、そつのない笑みと受け答えをしながら料理を口に運んでいる。
政宗の前に並んだ料理は「かつおのたたき」「カルボナーラスパゲッティ」「にんじんのグラッセ」「野菜のごまみそ和え」である。
ちなみに、嫌いなメニューは「野菜のごまみそ和え」
・・・の中に入っている、オクラである。
今政宗はにんじんのグラッセを試食中。
「にんじんは喰えるようになったんだけどなあ」
その様を見ながら、思わずしみじみと感慨にふけってしまった元親だ。
何故なら、そのメニューも以前ならば、嫌いなメニューとして登場していたからだ。
政宗は偏食なのである。
小さい頃から祖父母の手作り無農薬野菜で育ってきた元親から言わせれば、カルチャーショックを受けるほどに、
政宗は嫌いなものが多い。
一緒に生活しだして、とうとう業を煮やした元親は一計を案じた。
命名、政宗偏食矯正プログラムである。
白羽の矢がたったのが、にんじんだった。
実際元親から言わせれば、にんじんとほうれん草ほど重宝する野菜はないのだ。
特ににんじんは付け合わせにも、煮込み料理などにも入れられ、使いやすい。
そのにんじんが、政宗は嫌いだったのである。
毎回きっちりとより分けられて残されるそれを見てどれだけ元親が心を痛めているか!
ああ、あの一欠片に詰まっている栄養素が無駄になるだなんて!
そんなわけで、夫の健康管理も自分の仕事。
栄養コントロールも自分の仕事!という使命感のもと、まずはにんじんの克服を目指した。
その具体的な作戦は・・・。

***

「政宗」
「An?」
「それ、もう喰わねえのか?」
責めるような、その中に一片の悲しみを混じらせての元親の言葉に、政宗は肩をすくめた。
一応悪いとは思っているようだが、だからといって嫌いなものをすぐさまがんばって口に放り込む殊勝な性格の男ではない。
そんなことは百も承知していた元親は、立ち上がって、そのまま椅子を向かいに座る政宗の隣まで持って移動した。
驚いたように元親を追う政宗の視線など気にせずにぴたりとひっつくようにして横に座り、
元親は政宗が残しているにんじんが乗った皿を引き寄せた。
そして、にんじんを箸でつまみ。
隣に座る政宗に向き直って、全開の笑顔で。
「ほら、あーん」
小首を傾げて、精一杯可愛らしく見えるように珍しく意識して、にんじんをさしだしながら元親は上目遣いで政宗を見つめた。
慣れないながらも、昔培った僅かな演技力で、語尾にハートマークなんぞもつけるぐらいの気持ちで言った。
「・・・」
「おれ、いつもお前に喜んでもらおうって思って、作ってるんだぜ?
お前に喰ってもらえなきゃ、やっぱ寂しいじゃねえか。
だから、なあ、喰ってみてくれよ」
内心は、貴重な栄養素をみすみす捨てるような真似するんじゃねえよとっとと喰えや!と啖呵をきっていたとしても、
そんなことはおくびにも出さずに、あくまで政宗に手料理を食べてもらえないのが悲しくてたまらないのだ、という様を前面に押し出した。
これだけ下手に出てなお、食べてもらえなかったら、そのときは・・・。
顎を無理矢理掴んで無理矢理口に放り込むという実力行使だなと内心遠い目をして考えていた元親だったが、
腕力に任せた事態は避けられそうだった。
眉を下げて、降参というふうに、政宗は軽く両手を上げたのだ。
「I see, my honey.食べるから、そんな苛められたみたいな顔すんじゃねえよ」
「本当か?」
顔をぱっと輝かせる元親に政宗は苦笑した。
「ああ。食べさせてくれるんだろう?」
諦めたように誠に大人しく口を開いた政宗に、元親は内心でよっしゃとガッツポーズをとった。
そしていそいそと、その口ににんじんを運んでやった。
ものすごく一生懸命食べているのが分かったので、何だかじーんと感動してしまった元親は、
政宗の頭をよしよしと撫でてやった。
そうしたら、褒美をくれるならもっと別のものがいいと言われてしまったので、
強請られるままに、頬にキスを落としてやった。

***

まあ何というか、にんじんが出るたびにそうして食べさせてやっているうちに、
子供みたいな好き嫌いをもつ夫は、にんじんを食べれるようになったのである。
今でも苦手は苦手らしいが、ハンバーグなどの横に付け合わせるグラッセは気に入ったらしい。
どこの小学生だと言いたくなるが、食べたいから作ってくれと言われればやはり嬉しいものだ。
気分はどちらかというと、お母さんに近かったが。
にんじんのグラッセをさらりと口に運びながら、美味しいですよ、と笑う様をみていて、
思わず過去にはらった己の努力を追憶してしまった元親だった。
克服できたのはけれどまだまだ少数で、相変わらず偏食の域はでないのではあったが。
そして未だ絶賛、嫌いな野菜に名を連ねているオクラを、政宗は口に運んでいた。
その瞬間は、思わず息をつめて手を拳に握りはらはらとした元親だ。
しかし、やはりそこは演技力に定評のある政宗である。
一瞬、ほんの一瞬目線が胡乱なものになりかけたように見えなくもなかったが、
見事に政宗はオクラを嚥下したらしい。
顔は笑っているが、おそらく今頃内心では、ファンの皆様にはとてもとてもお聞かせできない罵倒の嵐が吹き荒れてるんだろうなあと元親は笑った。
一番の難関を乗り切ったことで、緊張で強ばっていた元親の身体の力も抜けた。
好きでない仕事だからと心配していたが、仕事だと割り切った政宗のまさしく「仕事」っぷりは見事なもので、
トークも上手いし、ちょっとしたファンへのリップサービスも忘れない。
さすがだなあと改めて感心した元親である。
四品全て試食が終わり、いよいよ互いに嫌いなメニューの発表である。
やはり対戦と銘打っているからには、勝ちに行く気だろうと、政宗の負けず嫌いな質を思い返しながら、
確かにどうせなら勝って欲しいなと、元親も実食タイムを見守った。
この時点で政宗が食べているのはカツオのたたきであったから、ストレート負けはない。
互いを意識しながら料理を食べ。
政宗はにやりと笑って、「I love it」
相手の男は、眉をへにゃりと下げた情けない笑顔になって「参りました〜!」
「うっしゃ、政宗の勝ちだ!」
画面のなかでは、現れたアナウンサーが政宗の嫌いなメニューが野菜のごまみそ和えであることを明らかにしていた。
対戦相手のサポーターとしてついていたお笑いコンビの片割れが問う。
「何がダメなの?」
「オクラがダメなんです」
「オクラねえ。どこがダメなの?」
「あの細かい毛の感触が嫌で。あとあの特有のねばっぽさも苦手ですね」
政宗は唇に笑みを刻みながらさらりと続ける。
「外では絶対食べないです」
会話相手は、そんな言葉尻を見事に掬うプロである。
「外ではってことは、家では食べるわけ?」
質問を重ねる彼のように、テレビの前でも元親は目をぱちくりとさせていた。
え、家でもかなり抵抗して食べないぞと、テレビの前で訝しげに首を傾げていたら。
「ええ」
悪びれずにあっさりと嘘をつく政宗。
「Loverの手料理を残すのは主義に反しますし、それに」
「それに?」
政宗は、この瞬間は嘘でも作りものでもない、にやりとした笑みを浮かべた。
お茶の間からみれば、にこりとした美しい笑顔かもしれない。
しかし元親から言わせれば、それは断じて、にこり、ではない。
絶対ににやりだ。
「おれが手をつけないでいると、食べさせてくれるんで」
画面の向こう側では、うわおと大げさなリアクションではしゃぐ姿や、盛り上がる場の雰囲気が展開されていたが、
画面のこちらが側にいる元親はあまりのことに固まっていた。
「な、な、・・・!」
ぱくぱくと動く唇からはとっさに的確な文句は出ずに、意味不明な音しかこぼれなかった。
瞬間湯沸かし器のように、下から上へと熱が這い上って、今では耳まで真っ赤だろうという嫌な自覚があった。
言葉に出来ない元親だったが、内心で叫んだ。
あの男は何ていうことを公共の電波に流してくれてやがるのか!
「さいっあくだ・・・!!」
それこそ夫婦のプライバシーというものではないのか。
それにこの物言いだと、いつもいつも、手づから食べさせているように聞こえるではないか!
冗談じゃない。
そこまで下手にでてやったのは、にんじんの時だけで、後は喰う喰わぬの攻防を繰り広げながら強制的に食べさせているのだ。
さてはこの間、ピーマンを無理矢理食べさせたことを根に持っていやがったなと元親は毒づいた。
この番組は長寿番組で、視聴率もいい。
政宗がでることを知っている友人たちもみているだろう。
さらにいうなら、四国の家族も見ている可能性も高いのだ。
何せ、まだ結婚する前、それこそ四国に帰ったときなどは、家族揃ってこの番組を見ていたのである。
「末代までの恥だぜ」
頭を抱え込んで元親は呻いた。
相も変わらずテレビの中では人の恥ずかしさなど欠片も鑑みてくれない好き勝手な会話が続いている。
「食べさせてくれるって、はいあーんvとかって?」
「ええ。あーんって食べさせてくれますよ」
「うっわ、何それラブラブじゃーん」
何もそんな方面にまでリップサービスをすることはないだろうに。
「らぶらぶ、らぶらぶって・・・ぎゃー気持ち悪イ!!!」
今度実家に帰ったときにどんな顔をすればいいんだとぶつぶつとこぼし、元親は決意した。
「あんの野郎、覚悟しやがれ・・・!」



明日の夕食はオクラのフルコースで決定だ。















+あとがき+

ほどよく凝り固まった疲れが出たためこんなに甘くなりました。
疲れには、甘いモノがいいって言うじゃないですか!!(笑)
そんなわけで甘いモノを自家製造。
NHK教育のなかにある、みらくるミミカのエンディングと、シャイでバラエティにでない俳優さんが喰わず嫌いに御出陣なされるという二つの事象が化学反応おこしたもようです。
何だか現代パラレルにおいては、
偏食=筆頭の代名詞と思ってる節がある私(笑)
いや、何か偏ってそうじゃないですか。
コジュがお目付役としてべったりくっついてくれてないとダメダメな気がするんです(笑)
ちなみに、今回の筆頭が嫌いな食べ物については他意はありませんから!!
しっかし、敬語の筆頭って、何か、気持ち悪いですね(お前が言うな)
ちなみに、筆頭が公共の電波上であんなこっぱずかしいことを暴露ってるのは、
兄貴予想のピーマンが理由ではなく、
仕事とはいえ笑顔で嫌いなブツを嚥下しなければならなかったことによるストレス発散っていうか(笑)
早い話が、突発的な思いつきによる当てつけです(どーん)
オトナゲない。
大人げないよ!!(笑)