Stand By Me
自分が何をしたのか、自覚できたのは、額に強烈な頭突きをくらってからだ。
自覚した瞬間、反射的に馬鹿か自分はと思った。
迫るにしても、もっとやり方があるだろう。
こんなのは自分じゃない、断じて普段の自分じゃないと頭の中で見苦しい言い訳が回っている。
しかしながら、政宗の体は至極冷静に動き。
いきなり襲いかかってきた侵入者を的確にぶちのめしていた。
銃で片をつけられれば話は早いのだが、取り出したときに蹴りを食らい、部屋の向こうへと飛ばされてしまった。
故に、政宗は今、拳と蹴りで応戦しているが、別に問題はない。
襲ってくる男たちの顔を見て、政宗はそう判断していた。
以前政宗に逮捕された前科者で、小物ばかりだ。
一人はすでに床に沈めた。
ただいま二人目の顎に右ストレートを繰り出し中。
なかなかの手応え。
意識は三人目へ移り。
しかし頭の中は見苦しい言い訳で一杯だ。
普段なら、そう普段女を口説くときは、もっとスマートにことを運ぶ。
余裕をなくすなんてことは、断じてなかったし、ぶざまな様で口説くなんていうのは政宗のプライドが許さないからだ。
しかし現実はどうだ。
相手はまあ女ではなく男であるが、余裕なんぞ欠片もなく、見苦しいとさえ言える顛末だ。
何が忌々しいかと言えば、元親と再会してからずっと、自分は余裕をなくしているという事実だ。
新人のころならいざ知らず、今では一人のエージェントとしてその名を認められているというのに。
しかしそれは裏を返せば、一つの事実を浮かび上がらせる。
元親だけが、自分を常ではない状態にさせるのだと。
元親の記憶に何故固執していたのか、今なら分かる。
三年前、共に過ごしたあの短い間の中で。
自分はもうとっくに、さらわれてしまっていたのだ。
政宗が自覚するまえに、元親は見事な引き際のよさで政宗の前から消え。
気づかなければ、それでもよかった。
けれど、また出会ってしまった。
無自覚なまま、囚われた心が騒ぎ出す。
まるで初めて恋をしたかのようだと政宗は自嘲した。
どうにもならぬ感情に振り回され、余裕をなくし。
けれど、それが恋というものではないのか?
気づいてしまえば、己の心情を受け入れるのは早かった。
自分は、あの男に惚れてるのだと。
己の恋情に気づき、受け入れたのはしかし、元親に頭突きをされた後で。
やはりいきなりキスをしたのはまずかった。
自分でもそう思う。
あの男は基本的に物事に関しては大雑把なので、同性だから、といったことについて頓着はしないかもしれないが、言い切れる要素はない。
政宗は、元親を諦める気なんぞ欠片もなかったし、さらにいうなら手に入れる気満々だったので、だからこそ順序というものはある。
いや、まあキスしてしまうまでは、明確に惚れているという自覚を持っていなかったのだから、不可抗力だと言えないこともないのだが。
ぐるぐると考えながら三人目を倒して、四人目をあしらっていると、扉の開く音がした。
元親が戻ってきたのかと思えば、一瞬心臓が大きく跳ね。
静かな、けれど耳慣れた物騒な発砲音。
目を見開いて、政宗は相手をしていた男のみぞおちに拳をたたき込んだ。
背後で、ばたりと倒れる音。
政宗は振り返った。
どくどくと、己の心臓の音が聞こえる。
小さな銃を手にした元親がそこにいた。
引き上げられた唇。
外された眼帯。
色違いの目。
面白そうな色を映して寄越される流し目に、どきりとした。
にやりと笑む顔は、質が悪く。
「相変わらず強引な仕事運びだな、坊や?」
からかうように、そう言った。
余裕をにじませた声で、坊やと、呼んだ。
そんな呼び方をするのは一人だけだ。
「…記憶、戻ったのか?」
恐る恐るといった風にそう問えば。
元親は肩をすくめて笑った。
「大胆な坊やのおかげでな」
その言葉が指し示しているのが、さっき仕掛けたキスだと分かって、政宗は居心地悪そうに顔をしかめた。
「そっちもちゃんと覚えてるのか」
「ピザ屋で働いてたことも、ひさびさにウオーターシュートやったことも、覚えてるぜ?」
それはつまり、先ほどの余裕のない姿もきっちり覚えられているということだ。
さすがに恥ずかしさを覚えたが、どうしてか忘れてくれとは思わなかった。
たとえどんなに格好悪い姿だろうが、この男の中から自分という存在が消えることは嫌なのだ。
「…じゃあこの事件がどんなものなのか、説明してくれねえか?生憎とこの事件におれは関わってねえから、まだ全体像を掴み切れていねえんだが」
そう問えば、元親は今はもう、物を言わぬ男を目で示した。
「この爺さんに盛大に嵌められたのさ。おれも、カイロシアン星人の姉ちゃんも」
「姉ちゃん?」
「ナイスバディのいい女だぜ?まあ、中身は食虫植物の親玉みたいな感じだけど」
連れだって部屋を後にしながら、元親はにやりと物騒な笑みを浮かべた。
「続きは車の中で話してやるよ。まずは武器調達にいかなきゃな」
車のドアに手をかけながら、政宗は車の向こう側にいる元親を見やった。
「本部へ突入するのさ」
唇からこぼれた声は、物騒な中身とは裏腹に、どこまでも楽しそうで。
政宗も唇を引き上げて、苦笑した。
我ながら不謹慎だという自覚はあったのだが、そういう物騒な相棒を待っていたのだ。
***
それまでと同じく、ハンドルは政宗が握って、その助手席に収まりながら、元親は説明した。
「もともとはカイロシアン星人たちが自分たちの星を捨てなけりゃいけないハメになったのが始まりらしいな」
詳しくはおれも知らないが、と前置きをして、元親は続けた。
「とりあえず脱出できたカイロシアン星人は、ザルタ星に入植したんだ。それがかなり昔の話で、いまじゃザルタ星は異種族がまじる星になった。で、やめときゃいいものを、いっそのことザルタ星をのっとってしまえって思ったカイロシアン星人たちがいたらしくてなあ」
「そりゃまた」
「それでクーデターに走ったのが、地球時間で今から七年ほど前になるかね」
「失敗したのか?」
「失敗した。ただ、ザルタ星人のほうも無傷だったわけじゃねえ。王族が一時星を逃れて亡命するまでにいたったのよ」
「…」
その亡命先が地球だったのだと、元親は言った。
「最初はな、光を隠して欲しいと言われたのさ」
「そりゃできねえだろう」
政宗はすぐさまそう返した。
地球は確かに、宇宙規模の図で考えれば、中立地帯だ。だからこそ、争いの種になるようなものを隠してくれと言われて頷けるようなものでもない。
元親も頷いた。
「そうだ。それはできねえ。そうきっぱり突っぱねたら、今度は亡命させて欲しいと、こうだ」
元親は口元ににやりとした笑みを浮かべていた。
「ザルタの光は支配者の象徴。だからカイロシアン星人もやっきになって探してる。その光が、貴石だってのも、まあ納得がいってたんだが…」
実際見せてもらったしなとつぶやいた元親の顔は、どこか呆れ半分、感嘆半分といった様相だった。
「違うのか?」
「らしいな。おれも、さっきまでは貴石だと思ってた。ディーナってのは、あの爺さんの孫の名だ」
「つまり、あの爺さんは逃げてきたザルタ星人の王族で、その孫そのものが、ザルタの光だっていうことか?」
「そういうことだろうな」
「…それに何故ピザ屋経営のエイリアンが絡んでくる?」
「あいつもザルタ星人なんだよ。たしか、一番の側近だったと思うぜ。まあどうしておれを雇ったのかなんてことは分からねえけどなあ」
そういえばそうだ。
元親のほうは忘れていても、ピザ屋のほうは覚えていただろうに。
まあ確かに元親の言うとおり、ピザ屋の思惑が何であったのかは今ではもう確かめようのないことだ。
「あの時計は?」
「たぶん、カウントダウン用じゃねえかな?何のカウントダウンかは、よくわからねえけどよ」
政宗はため息を吐いた。
確かに、真相を知るものはどちらも死に、今さらああだこうだと言ったところで推測の域をでず、つまるところ、無駄なことでしかない。
光は奪われ、自分たちはそれを取り戻さなければならない。
それだけだ。
「その孫の体が弱くって、宇宙の旅は危険なんだって泣きつかれてなあ」
「ほだされたのか、アンタが?」
政宗は少し驚いた。
確かに、元親は情に厚い質だったが、エージェントの仕事とは、これはこれ、それはそれと割り切っていると思っていたし、事実そうでなければ、エイリアンたちに怖れられる伝説のエージェントと呼ばれはしないだろう。
元親はほろ苦く笑った。
「おれにや、似たような妹がいたからよ」
みごとにころっと嵌められちまったと、元親は続けた。
「光自体は、地球の外に出したから大丈夫かと思ってたんだけどな」
元親の声はけれど、この事態をどこかしら楽しんでいる節さえあった。
元親はそういう男だ。
物事にドライで、開き直りを得手とし、いつだって前だけを見ている。
反省するのはいいことだが、うじうじ捕らわれているのは違うだろ。どうせ起こってしまったことなら、楽しむぐらいの気概を見せろと。
この男は豪快に笑った。
その姿に、この男には真っ当な神経やらがないのではないのかと政宗は本気で疑ったものだ。
「あの姉ちゃんも出し抜かれたことに気づいたんだろうな。だから戻ってきた」
「別に光ぐらいくれてやってもいいとは思うがな」
冷たいとすら言える政宗の言葉に、しかし元親は怒らなかった。
ただ、面白そうな目を政宗に向けただけだ。
政宗はその視線に気づきながら肩を竦めた。
「けど、この地球できっちり殺人を犯してくれてるからな。もう見逃せねえ」
ハンドルを切り、政宗は車を止めた。
そこはこざっぱりしたマンションだ。
車から降りた元親はサングラスをかけた。
黒いグラスの向こうにある目が楽しそうに光っている気がした。
「さすがは元警官だなあ。立派になってくれて、おれも嬉しいぜ」
己の懐かしい経歴を久しぶりに耳にした政宗は、ふと思いたって聞いてみた。
「なあ、どうしておれだったんだ?」
「あ?」
「何で一般人のおれを、後釜にしようなんて思ったんだ?」
元親は首を微かに傾いだあと、その唇を物騒に引き上げた。
並びながらマンションへと入り、元親は言った。
「隣を任せられる男が欲しかったのよ」
「MIB内には、テメエの眼鏡にかなうヤツはいなかったのか」
我ながら、ちょいとばかり声がうわずっているように思えたがたぶん気のせいだ。
サングラスもかけているのだから、こちらの表情を読まれることもない。
元親は政宗の言葉にいとも簡単に頷いた。
「まあそういうこった」
目当ての部屋の前に立ち、元親はあくまでさらりと続けた。
「テメエの身体能力に一目惚れしちまったのさ」
変に息を呑んだ政宗は、むせそうになるのをかろうじて押さえて、隣に並ぶ男を見た。
唇が笑っている。
政宗は鼻白んだ。
眉間の辺りが熱かったが、ここで取り乱せば、またからかいの種にされるだけだ。
全くもって、油断ならない男だった。
「カラダ目当てかよ」
「ああ」
あっさりと頷いてくれる様が憎たらしい。
その後で。
「イイ男だと思ったしな」
政宗は手のひらで額を覆った。
「テメエ…」
思わずうなり声を上げた政宗だった。
元親は喉を震わせて笑っている。
この時点では、政宗の完敗だった。
惚れている相手に、イイ男と言われて舞い上がらない男はいない。
「さあて、それじゃあ武器調達といくか」
元親は何のためらいもなくインターホンを押した。ここは普通のマンションで、つまり、この部屋に住んでいる住人も、エイリアンとは何のゆかりもない一般人であった。
MIBの怖ろしいところは、緊急時のためという名目で、何でもやってしまうところだった。
例えば、一般人の住居の壁に、対エイリアン武器の隠し部屋を作ったりとかをだ。
インターホンからどちら様ですかと声が返る。
元親は愛想のいい声で、宅配便でーすと答えた。
「いつも思うんだけどよ、その応対ってどうなんだ?」
「お前、宅配便の兄ちゃんが一番コトを穏便に済ませられる名乗り方なんだぜ?」
「こんな怪しい配達人がいてたまるか」
「だから話を聞くときゃFBIだ」
「…アンタ、楽しんでるだろ?」
元親は答えなかった。
何故なら宅配便と信じた住人が、扉をあけたからだ。
Men in Black
一般市民の住居の隠し部屋からもちだした、物騒な銃をこれでもかとトランクにつめて、その黒塗りの高級車は、古くさい建物の前でエンジンを切った。
古くさく見えるそこはけれど、MIBの本部だ。
強制的に閉鎖している頑丈な扉をこじあけるには、政宗や元親が手に携えている大振りの銃が必要だった。
エネルギーチャージ用のレバーを引いて、元親は安全装置を外す。
同じように手を動かしながら、政宗は唇を開いた。
「Hey,元親」
「あん?」
「アンタが好きだ」
コーヒーが好きだというぐらいの気軽さで、政宗は愛の告白をした。
顔を向ければ、同じように元親の顔もこちらを向いている。
元親は食べ物を喉につまらせたかのような、何とも言えない顔をしていた。
思わず小さく笑いをこぼして。
「アンタに惚れてる。I love you」
重みなんかあったものじゃない告白の大盤振る舞いだった。
元親は眉をひそめた。
怒っているわけでも、ましてや戸惑っているわけでもなく。
ため息を吐いて、元親は頭をふった。
「お前な、告白するなら時と場所を選べよ」
伝説のエージェントは、呆れたらしかった。
対して、政宗はどこまでも飄々とした態度を崩さない。
「選んでるぜ?だから今言った。今日この星が消えても後悔しないように」
ある意味不謹慎ともいえる台詞に、元親は眉を跳ね上げた。
ただし、元親が気にしたのは、別のところだったらしい。
「テメエは負ける気なのか?」
それがさも驚いたような声だったので、政宗も、まさかと驚いたように肩をすくめた。
「おれとアンタが揃ってるんだぜ?そう簡単にひねられてたまるかよ」
元親は満足そうに笑った。
「坊やも言うようになったじゃねえか」
「その坊やってのはヤメロ。口説く気概がそがれる」
苦々しげに言えば、元親は目をぱちくりとした。
その様はどこにでもいる一青年の顔で、政宗は思わず笑った。
しかしそれはつかの間の余裕だった。
元親は微かに顎を反らして、目を細めた。
からかうように目が光る。
「坊やって呼ばれたくらいで、テメエは口説くのを諦めるのか」
まるでこちらを挑発するかのような声と目。
実際それは挑発だった。
それが分かって、政宗は短く笑う。
「アンタこそ、ちゃんと分かってんだろうな?おれは、アンタに告白してんだぜ?」
視線を絡ませれば、銃を左手一本で支えた元親は、すました顔で、空いた右手を伸ばしてきた。
頭の後ろから手を回され。
頬に触れる指の感触。
元親の手で顔を向けられたそこにあったのは、元親の唇だった。
触れるだけのキスをして、元親は政宗の頬から手を引いた。
さっき重なった唇を見事な弧に描いて。
「今はこれで我慢しとけや。返事はあとまでおあずけだ」
そしてさっさと銃の引き金に指をかけて前を向く。
自分から念押ししたとはいえ、まさかそのような返しをされるとは思っていなかった政宗は、せっかくの口づけに何の反応も返せなかった。
早い話が、情熱的に舌を絡めるなどといった反応をだ。
変わりに、まるで初めてキスしたこどもみたいにばくばくいう心臓の音を聞いていた。
隣から小さく笑い声。
「遅れるんじゃねえぜ坊や?」
その言葉に政宗は我に返り、少し耳の下を赤く染めながら、銃を構えなおした。
「誰が」
「上等」
そして二人同時に、引き金を引いた。
***
ザルタの光と呼ばれた彼女はまだ少女だった。
彼女は己の故郷のことは覚えていなかったが、今いるこの星とは違う星であることは知っていた。
いつか、帰らなければならなくなることもだ。
良い未来が、祖父たちとともに生まれた星へ帰ること。
悪い未来が、祖父以外のモノとともに星に帰ることだった。
彼女は自分が今、かつて思い描いた悪い未来へと進んでいることを自覚していた。
大好きな祖父は目の前で死んでしまった。
泣く暇もなく連れ去られ、彼女は小さな輸送機に乗せられていた。
これから彼女は故郷へと帰る。
ただし、そこは家族が待つ故郷ではない。
彼女はわめきもせずに、ただじっと向こう側にある扉を見ていた。
助けなど来ない。
そのことを彼女は知っていた。
突如として、その扉が吹き飛ぶのを、彼女は目を見開いて見た。
黒いスーツに身を包んだ人。
ああ、『あの人』と同じねと、彼女は、ディーナはつぶやいた。
***
女は勝利を確信していた。
まんまとザルタの王族には出し抜かれたが、ザルタの光は手に入ったし、その男にはきっちりと報復もした。
あとは星へ帰るだけだ。
五年前女をこけにしてくれたこの星のエージェントは間抜けばかりで、本部を占拠することはたやすかったが、肝心の『あの男』はいなかった。
散々振り回してくれた礼をしたかったが、光を星に持ち帰ることのほうが重要だ。
そう思っていたら、男のほうからのこのことやってきてくれた。
そして、宇宙でその名を知られている男は、今や女の腕の中だ。
男の命は女が握っている。
だというのに、男は余裕に満ちた笑みを崩さない。
「大人しく帰ってたらよかったんだよ。さすがにこの星で、人殺しされちゃあ、もう見逃せねえけどな」
女は鼻で笑って言った。
アンタに何が出来るって言うの?
男は唇を引き上げた。
ひどく、得意そうな笑みを浮かべている。
「おれじゃねえよ。ヤツがやる」
突如肌を焦がすような焦燥を感じ女は振り向いた。
もう一人の黒服の持つ銃が眉間を定めていた。
女は、あらと声をこぼした。
瞬間、女の頭は吹っ飛ばされた。
***
そこは海浜公園だった。
連れて行って欲しいと、ディーナが言ったのだ。
政宗が運転する車を飛ばして着いた公園の真ん中に設置されたオブジェの前で、ディーナは政宗達を振り返った。
「助けてくれて、ありがとう」
もう一度、政宗に対して頭を下げて、そしてディーナは隣に立つ元親を見上げた。
「貴方を写真で見たことがあるわ。私を抱いて笑ってた」
その言葉に、元親は頬を緩めて、少女と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「君がうんと小さいころにな」
「私は一人になったのね」
元親は困ったように眉を寄せた。
「君を待っている人たちがいる」
「本当に待っていてくれる?」
「ああ。君はザルタを照らす光だから」
元親の目をまっすぐに見つめて、ディーナは小さく頷いた。
オブジェに手を触れれば、それは小さな宇宙船となって、ディーナを乗せてふわりと浮かんだ。
さよならと、小さな唇が紡ぐのを見た。
と、そこへ緑色の触手の束が、船を追って伸びていくのが見えた。
「しつけえなあ」
呆れたように元親は言った。
「暢気に言ってんじゃねえよ」
政宗は車のトランクを開けた。
そこには物騒な武器がつめこまれている。
二人とも、その中でも、一番大きな、かつ一番物騒な銃を手に取った。
夜空を見上げて、元親は息をこぼした。
「やっぱおれの居場所はここなのかもしれねえな」
空を見上げたまま、喉をふるわせて、元親はあっさりと言った。
「再就職してやるよ。テメエを拾ってきたのはおれだからな。きっちり面倒みてやろうじゃねえの」
政宗は一瞬息を呑み、ついで破顔した。
政宗が目線をよこせば、元親も小さく頷いて。
二人して引き金を引き。
光はカイロシアン星人を飲み込んだあと、空に大きな花を咲かせた。
幾重にも輪を重ねた見事な花火は、ザルタの光を送る祝砲。
用済みになった銃を左手に持ち替えて、政宗は空を彩る花を見上げる元親の腰を抱き寄せた。
「続きは?」
我ながら欲のにじんだ掠れた声だと政宗は思った。やはり余裕なんてものはどこにもなく、スマートにもほど遠い。
素直に抱き寄せられた元親はけれども、銃を持たぬ手でやんわりと政宗の肩を押した。
「まあ待て」
そして元親は、己の胸元からサングラスを引き抜き、慣れた手つきでそれをかけた。
意図することは一つだったが、今この場で元親がサングラスをかける意味が分からない。
分からないまま、政宗はつられるようにして自分もサングラスをかけた。
政宗の腕の中で、元親はにやりと笑う。
「今回は特に派手に動いたからな。町の人間一人一人の記憶を修正するのは骨だ。なあ?」
まあそうだなと、元親の意図がよく分からないままも相ずちをうてば。
元親は胸の内ポケットから、懐中時計を取り出した。
政宗も二度ほど見たことがあった。
古風な趣味だとからかった。
その懐中時計がどうかしたのかと思っていれば。
元親は時計のふたを開け、そして何やら上部のねじを何度か回した。
そして、そのねじの頭をかちりと押した。
突如、政宗の視界に映っていた、湾の反対側にあるこの国の象徴ともいえる巨大な女神像のもつ燭台から、閃光が迸り。
政宗は目を見開いた。
黒いサングラスごしではあったが、あの光はきっと青に違いないという確信。
こういうところがMIBの怖ろしいところなのだ。国の象徴に、ニューラナイザーを仕込むなんてことをあっさりとしてくれる。
政宗はこの仕掛けについては、今初めて知った。
一種目眩にも似た脱力感が体を通り抜けていった。
なるほど、自分はまだまだ、伝説のエージェント殿の前では新人にすぎないらしい。
首に回された腕の感触に我に返れば、元親は政宗の顔をのぞき込んでいた。
「あとは本部の連中に任せりゃいい」
弧を描く唇が映った。
「これからどうしたいのか言ってみな、坊や」
腰にくる低い声はわざとだろう。
どうしたいのか、なんてそんなことは決まってる。
左手に持っていた銃を放り投げて、政宗は元親の頬にその手を添えた。
黒いサングラスの向こうにある色違いの目は、きっと面白そうな色を光らせて政宗を見ているのだろう。
無造作に、左手でサングラスを抜き取れば、そこにあるのは、政宗の予想と違わぬ色。
ならうようにして、元親の指が、政宗のサングラスを抜き取っていった。
すぐに口づけられる距離で視線を絡めて。
腰を抱く腕に力を込めた。
喉をならして政宗は低く笑う。
「ランデブーといこうぜ、Honey?」
Party End